ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7314,閑話小題 〜例年なら胸躍る桜開花が待たれる頃だが…
* コロナ禍で気が晴れない日々が続いている。
例年なら胸躍る桜開花が待たれる頃だが…
この十年来、毎日が巣籠りのような日々だが、丁度良いタイミングに、
スポーツ・ジムがオープン。 月、火、水、木、土曜日の午後、1〜2時間、
通っている。 このブログと供に唯一の社会の窓だが、何とか孤高を守り、
巣篭り生活を過ごしている。メールも全く見ることもなく、携帯電話さえ、
視ることがない。何やら陸に上がったカッパか… それでも、地元の中学校の
同級会も、意識のヅレが大きくて、75歳を目途に…と考え出した矢先、この
パンデミックである。自らを「離れ野犬」を、標榜し始めて10年近くになるが、
このパンデミックは、3密の禁止が、何やら一匹狼的野犬に重なってくる。
どんな状況でも、直に適応できる人生を過ごしてきた生き方そのままが、老化
してきた自らを助けてくれる。としても、
・・・・・・
6928,閑話小題 〜センテナリアン
2020年03月03日(火)
* 百歳まで生きる
久々に会った友人から、先日、聞いたセンテナリアンとは、
< 100歳以上の人物のことである。センテナリアンの人数が世界最多で推計
70,490人となっている。これは国民4,400人につき1人に相当。 日本はアメリカ
合衆国に次いで2番目にセンテナリアンの数が多く、2012年9月現在、推計51376人。
なお、調査が始まったのは1963年だが、この時は153人であった。その後、1998年
に1万人、2003年に2万人、そして2009年には4万人と、短期間のうちに数が倍増。
多くの文化で、100歳まで生きることを願う旨を、祈りの言葉に取入れている。
ヒンドゥー教徒の間では、高齢者の足に触れた者は「100歳まで生きますよう」
と声を掛けられることが多い。
スウェーデンの伝統的な誕生日の歌に「100年間生きられますように」との
一節がある。ユダヤ教で祈りを捧げる際、「100歳まで生きるかもしれない」
と言うのが一般的である。
去年の暮、日本橋で毎年、第一土曜日恒例の学生時代の同期会に出席。
それぞれが3分程度で近況を語るが、最近、出席を始めた男が、
『私は110歳まで生きると決めた!』と、驚くべき言葉。それも本気に。
現在が健康なればこそ言えることだが… 10数年前に、75歳をゴールと心の中
で決めて、ここまで生きてきたが、その制限時間が、あと一年まで迫ってきた。
ならば、そろそろ寝たきりになる筈が、その兆候は全くない。宣言したことも
あってか、もう攻撃を始めて大丈夫と、卑しいのが露骨に… ? それもジャレか。
で、先日、会った人が真面目な顔で、『百歳まで生きるとしたら、現在の預金で
少し足りない!』と心配顔。 内心でハッとしたのを隠して、「大丈夫、そこまで
生きはしないよ!』と受答えた。 私は『生きると宣言した75歳まで、あと一年。
その兆候は、今のところ全くなし!』と答えると、『実は、このセンテナリアンの
言葉でハッとして、生活態度を変える切っ掛けとなった。そのコーナーもネット上
にあるし、少し深耕してみた方がいい!』と… 問題は、年々落ちていく肉体と、
生活の質。
――
[総合] 2020年1月16日(木) 午前0:55〜午前1:45(50分)
ニュース/報道>定時・総合 番組内容認知症医療の第一人者、長谷川和夫さん(90)
が、自らも認知症であることを公表した。その姿を一年に渡って記録。
専門医が当事者になって初めて気づいた大切なものとは。詳細自ら認知症である
という重い事実を公表した医師がいる。認知症医療の第一人者、長谷川和夫さん
(90)。「長谷川式」と呼ばれる早期診断の検査指標を開発、「痴呆」という
呼称を「認知症」に変えることを提唱するなど、人生を認知症医療に捧げてきた。
認知症専門医が認知症になったという現実をどう受け入れ、何に気づくのか。
誰もが認知症になりうる時代。長谷川さんの姿を通して認知症を生き抜くための
手がかりや希望をつむぐ。
〜 丁度良いテーマが、去年に書いてあった… 〜
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6562,閑話小題 〜「老い」という名の「病」 〜1
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03月03日(水)
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