ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4859,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー27
  * 15年の準備期間の総括! ー2
 この準備期間の15年は、緻密に練られたようだが、実際は成行きの要素が多かった。
事業を立上げ、それを転売をする度にアップスケールする創業を求めた結果が、自然に準備そのものになった。
私の性格が外交的というより、内省的のため、その都度、非常な緊張感が付きまとっていた。医者に診てもらったら、
恐らく、自律神経失調症か、対人恐怖症と診断されただろう。人間は、気づかどうかだが、全ての精神症の要素を
持った総合体で、問題は、そのバランス。その中で、特に初対面の相手との対面が苦手だったが、いざとなれば腹は
据わるもの。その「いざ」の場面から、自ら逃げるから、精神症から精神病に陥ってしまう。
 絶対的父親の元で育った八人姉兄の末っ子が、父親のような創業を、何を血迷ったか求めれば、精神的限界に
立たされて当然である。何とか、その都度、本屋の中の天使に導かれ手にとった本で、乗り切っていた。
 その中で、様々な場面で、多くの判断が求められた。
・大きな問題の一つが、連れ合いである。 右腕タイプか、全く商売の興味を示さない家庭的な人?
 結果として選んだのが、後者タイプだったが、どうだろう? これだけは答えが出ない人類永遠の課題!
 右腕タイプは、事業が拗れた場合に、相打ちという自滅の危険が生じてくる。 巷に多々みかける!
・次が、現場の要の人材である。これが、なかなか定まらず、直前まで手こずっていた。職安やリクルートを
 介して何人かと面接をしたり、数ヶ月間、使ってみても、相性が合うのが見つからない。大問題だったが・・
・出揃った事業資産は、駅前の土地(当時の時価1億円)と、長岡郊外の更地二ヶ所と、現金1億(千城台の売却)。
そこで《事業資産は、博打場に投入した掛札!二度と手元に戻らないと、割切ること!》と、何度も自分に念を押す!
 それまでの実家の急場の助っ人の立場が、今度は、全てが直に跳ね返ってくる白刃の真只中! 本番の創業が始まる。
出発点で、5百%の成功確率の準備を整えていた手ごたえは、あった。しかし最後は「後は 野となれ 山となれ!」
・・・・・・
4492, 怒らないって本当は恐い! ー7
2013年07月04日(木)
   * アポロン(光)とディオニュソス(陰)
≪ プロレスで人気レスラーが最初はヒール役に椅子で叩いたりひどいことをさせます。観客を怒らせるためです。
 そして観客に、「どうしてもっとやり返さないんだ」というストレスを十分ため込ませた後、一気に反転攻勢に出るわけです。 
そうすると観ているほうは、ついに発現した怒りのマグマにカタルシスを感じ、すっきりするわけです。
そもそも人間の感情として怒りが具わっているという点については、哲学者たちもいろんな形で論じています。
たとえばニーチェが『悲劇の誕生』という本の中で、アポロンとディオニュソスという対照的な世界観を描いたのは、
そのことをいいたかったからです。 アポロンは美と光の神、ディオニュソスは、狂乱と陶酔の酒神、激情の神です。
古代ギリシア人たちは、アポロン的、つまり表面的に見ると明るくて楽天的だと思われていたのですが、決してそんなことはない。
実は人生の暗黒の側面と激しく戦って、それを征服し、苦しみも哀しみ為すべて受け入れた人たち、いわばディオニュソス的な
側面があるわけです。その意味では、アポロン的なものはディオニュソス的なものの影であって、本質的なところで苦しさを
受け入れているからこそ、彼らは強く明るく生きていけたのです。 つまりニーチェによると、ディオニュソスに象徴される
怒りの感情は、むしろ人間の本質であるともいえるのです。・・・もともとニーチェの思想というのは、怒りや苦しみを、
あるがままに受け止めることによって、はじめて人は善き人生を送れるとするもの。これが彼の超人思想の根幹ですから、
その意味で怒りは避けるべきものではなく、素直に受け入れるべき感情にほかならないといる。 ≫
 ▼ 誰にも光と、陰の側面を抱えて生きている。それが厚み、深みである。山高ければ谷深しである。

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07月04日(金)
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