ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期
    * 今日は父親の41周期
 5月30日は父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、似ていることを繰返し偲ぶことになる。
歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 
人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 
三年前の会社整理もあって、父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常についてまわっていた。
内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を繰り返していた。その内なる対話が、知恵の原泉である。
父親が42歳時の末っ子のため、溺愛に近い状態で育ってきた。この温もりが心の奥にあればこそ、多くの難関を乗り越える
ことが出来たようだ。いざとなると、折れてしまう人は、両親の温もりが少ない人が多いようだ。 親の温もりが、
その人の温もりになり、それが、生きていく大きな力になる。良い時代に、良い両親に、良い人に恵まれたことが、
私の大きな財産になっている。特に、父親の愛情と恩恵は、何ものにも代えがたい。
  * 内省の日々
 数日前から、ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーのテーマで書き出しているが、ここで気づいたことは、
これは内省そのものということ。それをそのまま公開するとは、自分は何だろうと疑問がわいている。 父の命日の
想いも、内省になる。いま現在、命日の朝4時、父の魂と自分が向い合っていると、背後の数メートルから、
「なんてザマだ!」と、一喝されているよう。 父親が私にもとめたのは、「人生、社会の規制にとらわれず、
事業も趣味も最大限に生きろ!」ということ。 しかし、この程度しか生きることができなかった反省と、後悔がある。
 酒癖の悪さで、多くのチャンスを自ら潰し、世界を小さくしてきた自分を省みることも、内省である。
それからみて、この結果が私にとって‘ベスト’では? と・・ これは自己鎮撫になるか。
来し方を振返ると、何とも浅ましい己の姿が浮かび上がってくる。このような人生を自嘲した歌謡曲があったが・・・ 
老いていくと、真面目になりざるを得ない。その視点で、過去を後悔するのは、所詮は老人性欝症のなせる業ではと、
内なる声もするが・・さて、これをアップして、父親の墓参りに行くことにするが、この随日も、私の法事になる。
・・・・・・
4457, 今日は父親の命日 ー40周年
2013年05月30日(木)
 今日は父親の命日、亡くなって40年になる。ここで毎年のように父の思い出を書いてきたが、父も本望だろう。
私も父の亡くなった71歳に、あと3年半で到達、目先の目標に近づいてきた。私の早寝早起は、父親の生活習慣を見習ったこと。
亡くなった当時は高度成長期真っ只中に、石油ショックが起きて日本中が青くなっていた。それから日本も世界も動乱が続いた。
私にとって父の死と、半年後の千葉での創業と、結婚は、大きな分岐点で、父の死を引きずり悲しんでいる暇は無かった。
何事も直接跳ね返ってくる事業人生が始まったからである。「親の死は子供に対する最大の贈り物」という言葉のとおり、
父の庇護が無くなり、それから全ての責任が直接被さってきた。 全てが未経験で、分からないこどだらけ、そこで亡くなった
父親を心の底で呼び出し、「どうする親父?」と一緒に考えていた。 次から次への難問が押し寄せ、判断、決断が迫られる。
頼れるのは、浅い経験と知識。それと「親父なら如何する?」の仮説の自問自答。あの時からの40年の歳月は、やはり長い。
世界も日本も、そして私も変わってしまった。 情報化社会の本格的到来と、ソビエト・東欧の崩壊、中国の共産主義の放棄が、
大きく世界を変える要因になった。
 心の底で父に、「ここまで激しい変化、親父も信じられないのでは?」と問いかけると、
「私の想像を遥かに超えている。しかし、羨ましい限り。世界の果ても気楽に見れるし、知識情報も簡単に入手できるし・・ 
混乱期としても豊かさの範疇。少し先読みをし、変化を受け入れ自分が変われるかどうかだ」との返事。

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05月30日(金)
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