ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4558, 東京が、2020年の開催地に決定!
 朝5時20分に、次次回のオリンピック開催地が発表された。その2時間前の3時に何時ものように目が醒めたので、
布団の中で瞑想モードに意識を持っていき、「私が神としたら、3都市の何処を選ぶだろうか?」と考えた。 
その結果は、イスタンブール。 5時からのTVの特別番組の選定会場で、まずマドリッドの落選。 
あとの残ったイスタンブールと東京の二者択一の中で、東京が決定された。 「そんなことをしている場合じゃないだろう!」が、
気持ちにあったが、いざ発表となると「東京」と願うのが人情。 以前から、「2020年の75歳が死に時」と思っていた。 
その年が、これで東京オリンピック開催の年になったのである。一回目は昭和39年、18歳の年。二日目は生きていれば75歳。
 現実は、世界も日本も2020年までは、大きな試練が山のように待ち構えている。福島第一原発の汚染処理、世界恐慌の対応、
国家財政の破綻、国境問題等々がある。
 トルコか日本?の二者択一というと、選ぶ方は、原発汚染への不安より、中東の政治的不安定と、欧州危機を考えると、
安全、安定面から、今回は極東の安定した都市の「東京」を選んだ。 これで、「2020」と「東京オリンピック」が、
キーワードとして浮上、国家としての明るい目標が出来た。オバマがシリア攻撃を示唆したのもトルコにとってマイナスになった。
タイミングをみていた? 日本のような島国では、一つ明確な目標があれば元気が出るが、大きな問題が残っている。
南海トラフ地震と、東京直下地震、富士山噴火の可能性である。 福島第一の汚染に目を向けさせたのは戦術としては良かった。
実際問題は、これらを考えると二つの都市の危険さと遜色はない。 国内の政治面では、予想される混乱の中で、国民の目を
オリンピックに向けさせることが出来る。今日を境に、大きく空気が変わるだろう。 今日は目出度い日になる!

 ・・・・・・
4183, 呪いの時代 ー3
2012年09月08日(土)
                      「呪いの時代」内田樹著
  * 記号の過剰化    ー第2章 「祝福」の言葉についてーより
 呪いは怒りや羨望、嫉妬などの要素が相まって内面に作りあげられた一種の記号と著者が指摘している。
しかし怒りの感情を言葉にし繰り返すうちに、その毒が己の脳を侵してしまう。鬱である。そこで医者から貰った
ハッピードラッグで目先、散らしている内はよいが、いつの間に、それが呪いの感情を更に強く苛んでいく。
呪文は記号のため、反復するうち、その人そのものになってしまい、自滅の道をひた走ることになる。
 次の箇所は、悲劇と喜劇の境い目としてみると、うなずける。
≪ なぜ、このようなニヒリズムが社会を覆うようになったのか。それについて考えてみようと思います。
 僕はそれを「記号の過剰」あるいは「過記号化」という枠組みで説明できるのではないかと思っています。
「呪い」は、その本質からして、記号的なものです。藁人形に五寸釘を打ち込む「丑の刻参 り」という古典的な呪いの
儀式がありますが、これ自体、きわめて記号的な行為です。生身の人間の心臓にではなく、代替物の藁人形に五寸釘を
打ち込むわけですから。メタファーとして行われる殺人が生身の人間の生き死にに影響を与えるという信憑が共有されて
いないとこの種の類感呪術は有効性を持ちません。つまり、藁人形が生身の人聞でないように、殺意や嫉妬、羨望や憎悪も
記号化されない限り呪いとして機能しない。忘れられやすいことですが、呪いが機能するのは、それが記号的に媒介された
抽象物だからです。具体的、個別的、一回的な呪いというようなものは存在しません。あらゆる呪いは、抽象的で、
一般的で、反復的です。それが記号的ということです。
 なまの現実が記号化されて、「情報」になるプロセスを「情報化」と呼びます。情報とは「なまもの」が加工され、
分類され、ラベリングされ、パッケージされたもののことです。「高度情報化社会」とは情報だけが行き交い、

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09月08日(日)
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