ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4500, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー3
             『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
    * 年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみ
 現代医療は、「老い」を「病」にすり替える。「病」は、回復の可能性があるためだが、老いはどうになるものでないのに、
病気扱いにして薬漬けにする。 老人性鬱も、老いれば誰でも落ち込む。それを病気といって薬を与えれば、自動的に薬中に
なってしまう。で、それが高じてボケを早めるパターン。保険で薬が安く入手できるので、直ぐに病院に行くが、相手も
商売の要素が強いところ。病気という毒を、違う毒で征する危ない手法を駆使するところ。
   ーそこで、この本で面白そうな要所を抜粋ー
・リハビリテーションは、リ(再び)ハビリス(人間にふさわしい)エーション(状態にすること)の合成語で、人間が人間にとって
 ふさわしくない状態に置かれた時、再びそれにふさわしい状態に戻すことを指し、病前の姿への復帰を意味するわけでない。
 以前なら死んでいたものが、死ぬでもなく助かるでもなく、ただズルズルと生かされている事態が起きる。
・「死」を、止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない「死」に対して、治すためのパターン化した
 医療措置を行います。これらは、せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂しさも感じない
 幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。
・点滴注射もせず、口から一滴の水も入らなくなった場合、亡くなるまでの日数がどれくらいかというと、7日から10日が多い。
・「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を味わわせる」とほぼ同義になっているといっても、
 いい過ぎではない状況を呈しています。
・日本人は、病気や障害を理由に、甘えて依存しがちです。また、それを許す傾向にあります。こういうことをしていると、
 欲しくない時にも、無理やり口の中に押し込まれるという「拷問」にかけられることになる。
・死にかけの人間が医者にすがるのも、あまり感心しません。なぜなら、いかに生きるか、いかに死ぬかは人生の問題で、
 医療で解決できる問題ではないからです。
・初めから、本人が誰かに何かをしてもらいたくて、自分の足で立とうとせずにぐにゃぐにゃしていたのでは、両側から無理に
 抱え上げようとしても、どうにもなるものではありません。今、老いも若きも、病気は医者に治してもらおう、苦悩は誰かに
 解決してもらおうという、この手のひ弱な人間が日本中に溢れています。
・現在の日本人は若さにこだわり、「年のせい」を嫌って認めようとはせず、近代医療に過度の期待を持ち、老いを「病」に
 すり替えています。なぜなら「老い」は一方通行で、その先には「死」が待ち構えています。 一方、「病」には、
 回復の可能性があるからです。 ・・・年寄りの不具合は、すべて老化が原因か、老化がらみです。
 今さら、医者にかかって薬を飲んでみたところで、若返らせることは不可能ですから、根本的には、どうにもなりません。
・問題は、健康は、人生を豊かに生きるための手段であるはずなのに、それが目的になってしまっている点にあります。
 本来、「健康は、こういう生き方をするために、この程度必要」というものでしょう。それが「生き方」もないのに、
 「健康」だけを追い求めることに、どれほどの意味があるのでしょう。
 ▼ 「還暦を過ぎたら、自然体で、あまり病院などに行くな。どの道、少し早かれ少なかれ亡くなるのだから」と、
  特老の医師が言うのだから、内容はシリアスである。「表面的に健康に戻すために、毒を盛って、毒を征する」のが
  実態なら、毒を毒のまま放置しておいた方がよいというのも筋が通っている。成人病で突然死した人と、特老などで
  不自由な生活をおくっている人と、どちらの生き方を選ぶかというと、どうだろう? 介護生活が平均10年も
  残されていると知った現在、末期ガンで余命半年も喜ぶべきかもしれない。不自由の長生きも辛いということ。
・・・・・・
4126, 第一感は叡智である
2012年07月12日(木)

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