ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4498, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー1
            『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
   * 現役医師の「自然死」のすすめ
 以前から、新聞や雑誌などの見出しをみたり、書店で立ち読みをしていた本だが、偶然、図書館の返却コーナーで見つけ、
読んでみて驚いた。現在の医療のありかたを根底から否定している内容である。生殖能力を終えた動物は、延命などの
無駄な努力をしないで自然死をしなさい。その無駄な努力は、医師などによる洗脳によるもの。それも特老施設の配置医が、
長生きしている特老の死を見るにつけ、薬で何とか生き延びた結果の、痴呆老人の目線から、書いているから
考えさせらる。  =まずは、概要の部分を抜粋する=
≪ 医者にも格付けがあって、大學病院の医者が頂点で、旧国立病院や日赤、済生会、県立、市立などの税立病院と続き、
 次が民間の大病院、中小病院の医者で、一番下が町医者といわれる開業医で、老人ホームの医者はさらにその下ですから、
いわばホームレスレベル。ですかから、県立病院の部長であっても、開業した途端に最下位の町医者に転落するわけです。
世間では、「そんな小さな町医者では駄目」というのがふつうなのですから。考えてみれ当然です。・・・
 ・・配置医はホームレスレベルという構図です。その老人ホーム勤勤も12年目に入り、最後まで点滴注射も、酸素吸入も
いっさいしない「自然死」を数百例もみせてもらえる、得がたい体験をしました。病院では、最後まで何かと処置をします。
いや、しなければならないから、「自然死」はありえません。 在宅における死も、ふつうは病院医療を引き継ぎますから、
ほとんど「自然死」はないっていいでしょう。また、医者の方も、何もしないことには耐えられないでしよう。
しかし、それは、穏やかな死を邪魔する行為なのです。ですから、殆んどの医者は「自然死」を知りません。
人間が自然に死んでいくのを、見たことがありません。だから死ぬのにも医療の手助けが必要だなどと、いいだすのです。
「死」という自然の営みは、本心、穏やかで安らかだったはずです。それを、医療が濃厚に関与することで、より悲惨で、
より非人間的なものに変貌させてしまうのです。世の中で、一番の恐がりなのは医者でしょう。それは悲惨な死ばかりを
目のあたりにしてきたせいだと思います。・・・ がんでさえも何の手出しもしなければ痛まず健やかに死んでいきます。
 以前から死ぬならがんに限ると思っていました。近年、年寄りのがんの自然死を70〜80例みて、確信に変わりました。
繁殖を終えた年寄りは「がん死」が一番のお勧め。「手遅れの幸せ」を満喫するには、「がん検診」や「人間ドック」など
受けてはなりません。病院通いが多いのは、医者たちが、「健やかに老いなければなりません」と洗脳してきたせいもあります。
今、年寄に対する、重圧は、かなりのものは、健康食品やサプリメントの売れ行きをみれば分かります。本来、年寄りは、
どこか具合の悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは老化からがらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、
すっかりよくなるわけはありません。昔の老人のように、年をとればこんなものと諦めることが必要です。ところが、
「年のせい」諦めようとせず、「老い」を「病」にすり変えます。 なぜなら「老い」は一方通行で、その先には、
「死」がありますが、病気なら回復が期待できますから。人は、生きものである以上、死ぬという運命は免れません。
最先端医療といい、再生医療といい、所詮、「老いて死ぬ」という砕内での話です。年寄りは、あまり近づかない方がいい。≫
 ▼ ‘まえがき’の一部だが、これが概要である。これを読んで、さっそく、『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という
  近藤誠と著者・中村仁一の対談集を買ってきた。まだ目を通した段階だが、多くの共通点がある。上記の‘まえがき’
  の内容である。ガンには良性と悪性があって、悪性は、どのみち助からない。それを延命するのが果たして当人に
  良いのだろうかという素朴な疑問がある。裸の王様ではないが、誰が声高に主張するかだった。それを放射医と、

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07月10日(水)
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