ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4481, 静かなる大恐慌 ー1
「静かなる大恐慌 」柴山 桂太 (著)
リーマンショック以降、現在も静かに大恐慌は続いていると何度も述べているが、マスコミはテーマにしない。
タブーかどうか分からないが? 地方もあってか周囲の状況は惨憺たるもの。私の年代がリタイアの時節もあるが、
私を含めて過半数以上が直撃を受けている。ただ、あまり表立って話題にしないというより、明日は我身で黙るしかない。
その現状そのままを、ズバリ書いてある本があった。100年近く前の恐慌と二つの世界大戦を、現在の状況と重ね合わせ、
世界も日本も、静かだが既に世界恐慌に入っていると分析している。
ー まずは、プロローグより ー
《 世界は「静かなる大恐慌」に突入した。危機的なのは経済だけではない。
国際政治は一九二九年の世界大恐慌をはさんだ、ふたつの世界大戦の時代と同じコースを歩み始めた。
グローバル化が必然的に招く、社会の不安定化と経済の脆弱化。それによって国内でも世代間、産業間、都市対地方
などの対立が激化している。この不安定性に耐えうるシステムは、通説とは逆に「大きな政府」の復活しかない。
この歴史の趨勢に我々は逆らうことができないのだ。グローバル化の行きづまり、そして「脱グローバル化」への
急反転というショックを日本はいかに生き抜くかを問うている。》
ーその幾つかを抜粋してみたー
☆ 20世紀を代表する歴史学者、フェルナン・ブローデルは「資本主義は、それが国家と一体化するとき、それが国家で
あるときにのみ、栄えると(『歴史入門』)で述べた。この含意するところは大きい。資本主義というシステムは、一見、
アナーキーなものに見えるが、実は「国家」なしでは機能し得ない。それを「国家資本主義」という言葉で言い表せば、
「自由資本主義とはいえ、一皮剥けば国家資本主義的な側面をかなりもっている」(p.95)
☆ 100年前も現代と同じくらいグローバル化(金融は除く)が進んでいた。資本主義は人々の欲望の塊が原動力。
それを野放しにすれば必ず反動という自然の調整で大恐慌が生まれる。それが、1929年の大恐慌と、2回の大戦争。
現在の世界経済を1920年代の世界大恐慌になぞらえ、その類似性を説明していく。20世紀初頭の第一次グローバル化と、
その結果とも言える二度の大戦と大恐慌。そして、並行して進む脱グローバル化への揺り戻し。
今は、その後1970年代のブレトンウッズ体制の崩壊から続く第二次グローバル化の中にあると説く。
☆ グローバル化と民主主義と国家主権の3つは全部が成立することは不可能で、このうちどれか2つしか同時に成立しない。
グローバル化と民主主義が成立すれば、EUのように国家が抑えられ、グローバル化と国家主権が強くなれば、日米のように
国内の貧富の格差が大きくなる。日本は、グローバル化を抑えた国家主権と民主化を重点とした政策が必要。
▼ グローバル化が100年前もあって、その反動で恐慌が起こっていた。そして、現在も、酷似しているという。
現在のネットが、当時としては電話の普及に当たるとする。現在は、20ヶ国が一同に介して、恐慌が表立つのを
抑えているが、現実は既に恐慌が静かに進んでいるというのは正しい。特に日本は、その先頭に立っている。
著者は、日本にとって、3つの内、国家主義と民主主義に重点を置くべきというが、国家主義とグローバル化しか
選択の余地はないのではと考えざるを得ない。アメリカの属国しか生きれない体質になっているからだ。
恐慌は、それほど生易しくはない。10年後もしないうちに、東北大震災が消し飛ぶほどの何か、
例えれば、1923年の関東大震災に対する世界恐慌と太平洋戦争のような。 −つづく
・・・・・・
4107, 哲学で自分をつくる ー5 (デカルト)
2012年6月23日(土)
第二章 まだ自分をさがしているの? ーデカルト ―@
* 我狂う、ゆえに我なし! 「哲学で自分をつくるー 19人の哲学者の方法 」瀧本 往人 (著)
デカルトの「方法序説」の『省察』で、狂気についての指摘が考えさせられた。
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06月23日(日)
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