ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4371, 歳を取りそこねる人たち ー3
「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日 武彦 (著)
* 嫌なジジイの自覚
人は歳をとるにつれ、嫌なジジババになっていく定めにある。肉体と精神が緩んでくる結果である。自分で気づかないが、
世代の違う人から見れば、60過ぎればシッカリした老人である。 ーその辺りをシビアに述べている部分を抜粋するー
≪ おそらく、わたしは老いていくに従い偏屈で意地悪で寂しい老人となっていくであろう。ひと筆描きの描写で事足りそうな
「いやなじじい」で片づけられてしまうだろう。いやなじじいであることはその通りであるにしても、そのようにタイプ分けされて
オシマイー そんな呆気なさが付いて回る老人たちの孤独感や屈託には、そうした粗雑な決めつけを受けがちな立場に由来している
部分が予想以上に大きい気がしてならない。 とはいうものの、たとえば人品卑しからぬ「かくしゃく」とした老人がアンフェアな
ことをすると、わたしは必要以上に失望し立腹してしまう。イメージに忠実でなかったから、と。強がりを言ってまでも独りぼっちの
生活を送っていた井杉あやが、風邪を契機に急に弱気になったりすると、左知子は裏切られたように感じてしまう。勝手なものである。
老いることとは、自身の在りようを一方的に決めつけられ、それを甘受させられることなのである。つまり物語を押し付けられる
ことに他ならない。しかもその物語は、なべて安っぽく底が浅い。不良少年にまつわる物語のように。 P−66≫
≪ 60歳あたりで急に妄想的になったり、精神的に不安定になる人が結構いる。改めて考えてみると、彼らの胸の内に若さに
付随する筈の楽しいことや充実感を享受し損ねたという未練や不満が「損をした」という感覚で漂っているのではないだろうか。
その恨みの気持ちが、世の中から取り残された、見捨てられたという実感と合体すると、そこに被害者意識が生まれることになる。
それは往々にして「だから自分は何をしても許される」といった放漫さや尊大さにつながる。そうした心の動きが、異様なほどの
自己中心的な行動として顕現することになるのではないか。たとえば暴走老人や高齢者の万引きとか。 P−208 ≫
▼ 噂話そのものが、安っぽく底が浅いもの。その物語が、さらに書き加えられ魔女狩りのようになっていく。特に老人は、
その手の名人になっていて、歳を重ねるにつれ嫌なジジイ、ババアに色濃くなっていく。往々にして人生の総括期に、思いも
よらないことになり、それまで全く気付かない肯定すべき材料が一挙に自己嫌悪の対象に下落してしまう事態になる (私も)。
癌だったり、連れ合いの喪失、初老性欝、事業の倒産など生々しい事態が急に圧迫する。円熟などの妄想は一瞬に吹っ飛ぶ。
いきなりオセロゲームのように人生の行蔵が裏返しになってしまう。それも、こういった事態は幾つか重なる。
不幸論は、こういうところから成り立つ。問題は、そこで独りに成りきれるかどうか。 孤独に徹っし、受け入れるかどうか。
それらも含めて、人生を味わう心掛けが最後の一里に必要になる。他人に嫌らしさは見えても、自分のそれは見えづらい。
・・・・・・
3997, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー3
2012年03月05日(月)
ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ー キングスレイ・ウォード著
この本の中で7人の人が提唱している「若いための十の秘訣」がある。
その共通をまとめると、次のようになる。これは年齢に関係ない人生の秘訣でもある。
* 若いための十の秘訣
1、人生に好奇心を持ち、冒険を恐れない ー自主的であること
2、あらゆる年代の人たちと接する場を持つ
3、何ごとも最善を尽くせ ー諦めず、忍耐強くあれ
4、楽天的であれ、これは考え方の訓練で可能になる ー障害を挑戦と受け止める
5、ユーモアのセンスを持つ
6、運動をする。散歩、ヨガと、スポーツジムなど。 ー健康が一番の財産
7、教養を身につける。そうすれば、いろいろな人たちと気楽に付き合える
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03月05日(火)
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