ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室 ー5
「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
* 「人プラス物」で書こう!
≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとして、「人プラス物」で書くのがあります。
具体的な描写の大切さはすでに説明しましたが、その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらに
くっきりと浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいてもけっこうです。
より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 ・・・ こんな川柳があります。
歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も
夫に先立たれた奥さんはこんな句を詠んでいます。
夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉
ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべていました。
洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢していたことを思い出した。
夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言っていたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけて
ロ角を少し上げて笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に亡くなった吉村昭さん、
「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合が
けっこう多いんですね。 こんな川柳もあります。
亡夫の靴へふと足入れてみたくなり
靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。
その靴ですが、奥さんをガンで亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』の中で、
ありし日の一日をこんなふうに描いています。
【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、病院から一歩外に出た途端、動き続けている
世界に一人でいることになるのだという言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座通りを一人歩く。
まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、
自分のまわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。
その地下には靴磨きコーナーがある。そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わすと心が和んだ。
靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】
▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がってくる事例である。納得である。
金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、
木製の組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男だが、何か軽く生活観がない。
同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が現れ出てくる。 ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。
物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度のことすら知らなかったが、量を書いてきた
からこそ気づくこと。毎日が気づきと驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。「人プラス物」に、僅かな金か〜
・・・・・・
2012年02月15日(水)
3978, よかまん
* よかちん節
学生時代に早大を中心にした学生寮にいたこともあり、三ヶ月に一度の割合で、何処かの部屋で
数人が集まり飲み会が開かれていた。 そこで興に乗ると出てくるのが、よかちん節か、数え歌、そして終は肩を組んで、
「琵琶湖周航の歌」か「知床旅情」で終る。 よかちん節を初めて聞いたというか、見た時には、ただ驚いた。
私が一番親しくしていた早稲田の男が、やおら下着になって一升瓶を股間に挟んで、奇妙な振りで数え歌を歌い踊り始めた。
実家が商家だったこともあり、年に二回は宴会が行われ宴会芸の際どいのを見てきたが、これほど露骨で面白いのは初めて。
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02月15日(金)
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