ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4339, 自己とつきあうということ −5
「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと同じ頃にブッダは以下のように述べている。
まずは、その辺りを抜粋してみる。
* ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」
おそらく、ブッダほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。彼は、自分が自分の主になることの
むずかしさ、自分をよく整えることの困難さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いたのである。
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。」
ブッダは、不要なことに心傾けて、必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感していた。
ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ(=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」
ブッダによれば、真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、愚かしいことをたくらむことに忙しく、
汚れ、滅びていくのが人聞であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」
ブッダは、自分のことは棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を巧みな比喩でいいう。
* 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。
克ち得たものを守れ。――しかもそれに執着することなく。」
ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守る
ことの必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。
心をおさめたならば、安楽をもたらす。」
へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは否定できない。ブッダは、先にも述べたように、
自己を、自己の主となるべきものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、乱れやすい自分の心を
制御するという課題を担うことを意味しでいた。ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべきもの
だったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねるとしても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。
世の変化に対し、己も変化すること。そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
・・・・・・
3964, ゲーミフィケーション ー2
2012年02月01日(水)
【 ゲームが未来を救う!?〜広がるゲーミフィケーション〜 25日NHK・クローズアップ現代 】
* 結構、面白いゲーム化
私の趣味の一つが「秘境・異郷ツアー」だが、いや、だったが? 回数を重ねるにつれ、いつの間にかゲーム化になった。
旅行中の楽しみの一つにツアー仲間の情報交換があるが、ベテランほど旅先をゲーム感覚で構成している。パリ、ロンドン、ローマとか
都会文化を楽しむ都会派。 アフリカ大陸専門のサファリ派、南米派、インド派、シルクロード派、秘境・異郷派など、それぞれの
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02月01日(金)
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