ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4263, しまった! ー11
ー しまった! 「失敗の心理」を科学する ー ジョゼフ・T・ハリナン (著)
* 人生の財産 ー総括するとー 1
人の幸せについて研究してきた学者が同僚とともに、ひとつの結論に達した。《 人生の資産はお金でなく時間である。 》と。
人生の大きな転機に起こる大きなまちがいに「時間の過ごしかたを変えない」ことがある。やろうと考えていた新しいことでなく、
人は、これまでと同じことをするのに時間を費やしてしまう。人生を精巧に作り変えるには、決意と自制が求められるが、
難しいのである。人の幸せは、どこに住むかでなく、自由になる金があるなしでなく、時間をどのように過ごすかにある。
それを忘れて、思い切った割り切りをしないことが人生の最大の「まちがい」になる。
この「失敗の心理」から自分の思いあがりや、固定観念の殻に気づき、苦笑の連続であった。人間は、間違いを犯す動物であり、
それを前提にして、いかに間違いを減らすかである。 それぞれに人間はバイアス(体系的偏見)がかかっている。 それを
知り、自覚することは可能である。多くの知識の蓄積が教養だが、バイアスの自覚も、その効用のひとつになる。 それぞれの
人間のバイアスは面白いほどケッタイである。気がつかないから、本人にとって悲劇、他からみたら喜劇にみえる。
間違いを少なくするには「小さく考えること」。 間違えは意外と身近な些細なことから生じていることに気づくこと。
私たちの重大な決断も、考え抜いた末に、印象で勝手に決めつを避けているつもりだが、しかし結果は、大きく影響されている。
考えることを嫌い、こうなるはず、という直感に従ってしまう。 私たちは見ていて見えてないのである。知っていても
理解してないのである。そのことを、まずは自覚することから間違いを減らすしかない。それでも、頑強なバイアスが脳の
奥底に強固にこびりついて思考、行動を規制している。節目に、それが現れ出てきて、大きな壁となる。
ところで現在の状態に、あまり不満はない。毎日の生活が自然のままだから。知りたいこと、楽しみが絶えないこともある。
失敗も成功も人生の内である。それも考えてみれば裏表、一過性の現象でしかない。死んで三日もすれば、永遠の彼方に過ぎ去る。
・・・・・・
3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」
2011年11月17日(木)
サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。 自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に
不満を持って辞め、いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。私も初めて会社勤めで、
その過酷の仕事に疲れはて、再び大学に入り直したが、もう社会的には傷物。 その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、
再度、金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 何とか踏みとどまっていたが、逆に、
その立場の視線で社会を見ると、多くの事が見えてくるもの。 結果からみて、それは予定挫折であった。自由は厳しいものである。
「なるほどサルトルのいう、自由は不自由!とは、このことか」と骨の髄まで思い知った。結局は、自分の思いは、思いでしかない。
その経験を人生の前半に何度か味わってきたので、今回の事態では、こんなものかと冷静にいることが出来ている。
それよりも、65歳の現在、人生を振り返ると、40年近く、自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、如何に恵まれていたか。
自由を自分のものにして、判断をし、その結果をプラスもマイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫であった。
自由の不自由を克服し、不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、幸せなことはない。
サルトルは実存主義者であるが、人間の本質は、「投企=取捨選択しながら未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在であるとし、
実存が存在に先立つとしている。 しかし老年になると、その未来が少なく感じ、人生を切り開く前に絶望が先立つから困ったもの。
自由と平等と博愛の社会は理想だが、こと個々人になると、非常に難しい課題になる。
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11月17日(土)
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