ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4221, 神は妄想である ー3
 新約聖書、旧約聖書は、生々しい逸話で満ちている。神仮説は、超人間的、超自然的な知性=‘ラージX’が存在している
という仮説である。アブラハムがヤハウェという神をつくりあげた。その神に、現在も何億という民が、聖地に向けて祈っている。
初めてイスラム圏のカイロに泊まった早朝、異様な「アッラーの祈り」の声。丁度、ラマダンだったこともあり、目を据えた
人々が住む異世界に驚いてしまった。 その祈りは数百年も続いてきた生活の一部であり、アッラーの神が存在しているのである。
   * 可愛げない神仮説            ー「神は妄想である」 リチャード・ドーキンズ著
≪ 神がいるという仮説(神仮説)は、もっとも可愛げのない証拠事例である。
面白みのないキリスト教の顔である「おとなしくて優しい寛大なイエス」にも、その正否を委ねるべきではない・・・
私は、ヤハウェの、あるいはイエスやアラー、あるいはゼウス、オーディンなどの他の特別な神の特定の性質を攻撃しているわけでない。
むしろ私は、神仮説をもっと弁護のしようがある形で定義したいと思う。すなわち、宇宙と人間を含めてその内部にあるすべてのものを
意識的に設計し、創造した超人間的、超自然的な知性が存在するという仮説である。本書でその代案として提唱される考え方は、何かを
設計できるだけの十分な複雑さを備えたいかなる創造的知性も、長期にわたる漸進的進化の単なる最終産物にすぎないというものである。
進化によって生じた創造的知性は、当然のことながら、すでにできあがっている宇宙に後から生まれてくるのだから、その設計に責任を
もつことは不可能である。このように定義された意味における神は妄想である。そして、それは有害な妄想なのだ。
神仮説は、証拠よりもむしろ個人的な啓示にもとづく地域的な伝統の上に築かれたものだから、さまざまな変形版があるとしても
驚くにあたらない。宗教史家は、未開部族のアニミズムから、ギリシア、ローマ、北欧神話の神々のような多神教を経て、ユダヤ教
およびそこから派生したキリスト教やイスラム教といった一神教にいたる発展過程を認めている。・・・  (中略)
 ・・われわれの文化の中心にあって、口に出すのがはぼかられる最大の悪が一神教である。『旧約聖書』と呼ばれる野蛮な青銅器時代の
教典から、三つの非人道的な宗教が進化してきたーユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。 これらは天空神をもつ宗教である。
文字通り家父長的 ー神は全能の父ー であるため、この天空神と現世におけるその代理人である男に苦しめられた国国では、
二千年にわたって女性蔑視がつづいている。・・・(中略)
 ・・三つのアブラハム宗教のうちでもっとも古く、他の二つの祖先と言ってまちがいないのがユダヤ教である。
もともとは、猛烈に不愉快な一つの神をもつ一部族のカルトにすぎなかった。この神は、性的規制、焼けこげた肉のにおい、
他の神々に対する自らの優越、そして、選ばれた砂漠の民の排他的権利というものに病的にとりつかれていた。
ローマ人がパレスティナを占領していた期間に、タルソスのパウロによって、ユダヤ教のそれほど無慈悲ではない一神教的宗派として
キリスト教が興されたが、これは排他性も薄く、ユダヤ人の外の世界に目を向けたものだった。数世紀後にムハンマドとその弟子たちは、
もとのユダヤ教の断固とした一神教に回帰したが、その排他性は引き継がず、新しい聖典『コーラン』にもとつくイスラム教を興し、
信仰をひろめるために軍事的に征服するという強力なイデオロギーを付け加えた。・・・ ≫
 ▼ 最近、宇宙が一つでなく10の50乗の気が遠くなるほどの数があるという説が現れた。その中で、アラブの蛮族から
  発生した一神教の神は、アブクでしかないことが分かる。しかし、信心は、そんなもので揺らぐほど強いのである。
  人間を人間たらしめている情報伝達手段の言葉が、イメージを作り上げるようになった。そのイメージは、大自然の神秘と力に
  神をイメージしたのが、アニミズムになっていった。それが、部族間の争いを大きくしていき、現在に至っている。
 ・・・・・・

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10月16日(火)
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