ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4092, 老いの見本帳ーダークサイト −12
* 老いについて ーつれづれに 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦 (著)
定年とかで現役を退き御隠居暮らしになるのが第二ステージとすると、寝たきりとか痴呆症になって病院などで誰かの世話になる時期が、
第三ステージになる。第二ステージが60歳辺りなら、80歳辺りだろう。 それまで大よそ半数が亡くなるので生き延びた者には厳しい
現実が待っている。寝たきりなら、一日一生のような日々を過ごすしかない。人間は生きてきたように老いていくのである。
第二人称の人の死を身近でみる限り大往生は少ない。あるのは不幸にしか思えない死。そのため私たちの社会は嫌老が基本になっており、
老化を遅れさせるか、隠すことが善と捉えられている。 老いの肯定など、あまり聞かない。 その死に現実問題として日々近づいている
老人の心も肉体も歪まない訳がないと割り切った方がよい。 この本は、その歪んだ老人を真正面から光?を照射している。そうこうみると
最後は自分だけの孤独に慣れておく必要がある。 人間、「人は人、我は我、されど仲良く」が基本。相手に何かを求めないで、独りで
趣味を楽しむのが理想的。
古来から社会は老いを嫌い、可能な限り社会の隅に置いてきた。しかし医学の進歩により平均年齢が日本では80歳をゆうに超えてきた。
定年後、平均20年以上も生きていかなければならない。それは有難い反面、社会的弱者としての長い人生が待ち受けていることになる。
世の中は青年と壮年を中心に回っている。老兵は静かに去らなければならない。 引き時を見失うと憎まれもの世にはばかるになる。
それを自覚出来ないから始末が悪い。 老いることは、絶望に近い意味を含んでいることを忘れないこと。引くべき時には引かなければ。
人生も見切り千両である。歳を取りそこねる人たちは、その逆の漫然と生きている人たちをいう。人生は最期は独り静かに逝くしかない。
歳を得たが故の楽しみを見つけ独り楽しむ、それが良い老い方になっていく。この本と「嫌老社会」長沼行太郎著ーを読んで、ジックリ?と
老いを見つめると、背筋が凍る思いになる。やはり一日一生、一期一会で、日々、瞬間瞬間を生きるしかないということか。 娑婆から早々、
一歩身をひいて鮮明に見えてきたことは、世界が大きな断層の真っただ中にあることと、自分の年齢の微妙な立ち位置である。
地球見学の最期は、こんな風景だった。ネット社会など情報化社会の劇的進化と、それに伴なう社会的激変、そして、地震などの地殻変動、
どれもこれも、想像を遥かに超えたことばかりである。そうこう考えると、長く人生を生きてきたのである。あと、10年が、更に・・・
・・・・・・
3726, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー 〜③
2011年06月08日(水)
『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
ここの12章に《 どんな議論でも「絶対に負けない」十の鉄則 》がある。
* 何ごとも十分に準備をする。 ー適切な準備には、物語・シナリオをつくることと、関係者に役割を当てることが必要。
* 相手に聞いてもらえるように、心を開かせる。 ーウソをつかない。
* 議論にストーリー性を持たせる。 ー私たちは遺伝子による物語の話し手であり、聞き手である。
審番員、上司、家族、相手は物語を聞くように条件付けられている。
* 真実を語る。 ー力の議論は、真実を語ることに始まり、真実を語ることで終わる。
* 相手に自分の望んでいることを話す。ー正義の力を忘れないこと、どんな議論にも備わっている正義を見出し、求め、要求しなさい。
* 皮肉や冗談を避ける。ー相手に敬意を払うことによって、私たちは高い次元にたつ。相手を軽蔑する人は、その次元に留まる。
* 論理を見方にする。 ー論理は力だ。「論理は剣に似ている。論理にうったえる人は、論理に滅ぼされる。」
* 行動と勝利は兄弟 ー最も緻密な防御をするより、たとえ最悪でも真正面から攻撃をした方がよい。相手に主導権を握らせないこと。
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06月08日(金)
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