ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394232hit]

■4083, 父の命日 ー40回忌
 5月30日には、毎年のように供養も含めて同じようなことを書いている。39年といえばアッという感より、遥か古い昔に感じる。
父が亡くなって5ヶ月後に千葉で千城台ビルをオープン、その一ヶ月後に結婚をした。亡くなった直後は、ショックで茫然自失だったが、
数ヶ月もしないうちに激務が待っていた。そのため父の死を悲しんでいる余裕も無くなっていた。その激務の中、ただ真正面に
ぶつかっていくしかない日々。そこで精神的、肉体的体力は、そのプロセスからついてくることを知った。 人間にはイザとなると、
信じられない力が潜んでいる。極限に自分を置いて真正面からぶつかれば、何とかなるものである。 私にとって生まれてこのかた、
父の存在と影響があまりに大きかった。亡くなってから気づいたが、常に父を意識して、物事を判断してきていたようだ。だから、
その時に父が亡くなったタイミングは私にとってベストの贈り物だった。 父の死と、事業の立ち上げと、結婚と、私にとって初めて
独り立ちであった。 全ての計画、判断、実践を自分がして、結果がストレートに帰ってくるのである。 それが慣れるまでは、
「自由の不自由性」に戸惑ったが、一度慣れると、これほど面白いものはないと感じるようになった。 全てが自分一人の判断しか
頼りにならない。とはいえ決断しようにも自信がない。 そこで、自然と、「自分が父だったらどうしただろうか?」の自問自答になる。 
そう考えると、幼児の頃から父は直接、間接的に多くのことを教えてくれていた。 経営学とかの理論は、実践の場で直接役に立たない。
頼れるのは場当たりの直感だけである。事業を始めてから現在まで、子供の頃からの両親の教訓が役にたったことか計り知れない。
しかし終わってしまえば、それまでだが、自分がやりたいことが創業ビジネスだったので、現在の結果は、殆んど後悔はない。
創業を幾つか楽しんだ結果、三つの経済災害で終わっただけ、と本心から思えるから有難い。失う哀しみは、いずれ味わう時期がくる。
順調に後継者に引き継いでもである。それなら綺麗さっぱり、根こそぎ洗い流されてしまえば諦めがつくというもの。
この結果は、ワーストでもなく、ベターでもなく、ベストだったのかもしれない?。 世界恐慌の直前もあり、ベスト?
父が生きていて私を批判するなら、「調子に乗りすぎて、天合を欠いたな!」。 新潟駅前で500室は過剰だったかもしれない。
それでも父は、「その結果に押しつぶされる方が大問題。撤収は、正解!」と言うはず。 世界も、日本も、この異常事態なら当然。
・・・・・・・                                  さて、墓参り!  父いわく「日々是 口実(好日)か!バカ」
3717、閑話小題
2011年05月30日(月)
  * 今日は父親の38周忌
 父親が亡くなって38周年。私には生前の父親の存在があまりに大きかったので、亡くなった日が、第二の自分の誕生日と思うほど。
その時が精神的自立の時だったようである。毎年のように同じようなことを書いているが、八人兄姉の末っ子で、父親は特別に私を
大事にしてくれていた。その意味で、私の人生は当たりと信じている。両親の愛情の分量が、自分という存在に対して、肯定的に
なれるかどうかの境目になる。父が亡くなって38年という歳月は、長く、刺激的な日々であった。
結果として、この事態(倒産)になっても、時代背景に飲み込まれたと諦めがついている。 父から学んだことは、金銭哲学である。
『死に金を使うな、普段の生活を節制し、使うべき時は使うこと。事業を通して人生を楽しむこと。趣味は大事にすること。』
大筋は、こんなものだが、人生の何たることか、両親の生き様を通して学べたことは、本当に良かったと思っている。この事態でも、
両親の子供のころ見てきた苦労からすれば、数分の一でしかない。だから、平然?としていられる。事業を起こし、維持し、そして、
消滅させる物語は、そう甘い要素で成り立つ訳がない。その前提を知っているから、その辺の輩の批判、罵倒は無視出来る。

[5]続きを読む

05月30日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る