ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4049, 一時停止 ー7
「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010
* 公共広告「あなたが大切だ」について (ふくろう通信一二〇○八年春)
≪ 命は、たいせつだ。 命を、たいせつに。
そんなこと、何千何万回言われるより、 「あなたが、大切だ」
誰かがそう言ってくれたら、 それだけで生きて行ける。
不思議ですね。このコピーは不特定多数に向けられた言葉なのに、まるで誰かが私に向かって言っているかのように感じられる。
この短い文章の中で「命は大切とい一般論が、「あなた」という、ただ一人の人間に向けられた言葉に変換されたからでしょうか。
コピーに添えられた写真の少女は、もう何かを訴えかける元気もなく、孤独で病的な表情でこっちを見つめています。この少女にとっては、
一対一で自分と向き合ってくれて、自分のことを本気で気に向けてくれる誰かが言う「あなたが大切だ」という言葉が、「魔法の言葉」
なのではないでしょうか。「元気になる魔法の言葉」は、もしかすると本や雑誌やテレビ番組の中にも見つかるかもしれませんが、
何よりも身近な人の言ってくれたこと、書いてくれたことにひそんでいるのではないかと私は思います。 たとえば大切な人と
別れなければならないとき、別れの悲しみと苦しみが深ければ深いほど、どんな言葉も自分を元気づけてはくれないし、慰めても
くれないと思いがちです。でも、もう言葉が何の役にも立たないと感じられたときにも、私たちのこころとからだの奥底で言葉は
もがきながら生きています。だから言葉にならない自分の悲しみ、苦しみが言葉になったとき、私たちは元気になるきっかけを
つかむことができる。 同じように、誰かが苦しみ、悲しんでいるとき、私たちはその人のこころとからだにひそんでいる言葉と
共振する言葉を探します。それはとても微妙で繊細な作業ですから、場合によっては言葉を探さずにただ黙ってその人のそばにいて、
その人を抱きしめるだけのほうがいいこともあるでしょう。辞書には載っていない「魔法の言葉」は、変幻自在ですから。 ≫
▼ 本を読むということは、書き手の意図を、自らに対する言葉に切り替える作業でもある。 一人も「あなたが大切だ」と、
言ってくれなくても、著書を通して書き手から、私にとって自分自身が最も大切だと受け止められれば良いのではないか。
とはいえ、それが出来る人は僅かとすると、やはり直接、誰かに言われたいもの。幼児期に両親から愛情を多くそそがれた人は、
「あなたが、大切だ」という気持ちがシッカリと根付いて、その人の人生の土壌になる。 両親の愛情は大切である。
・・・・・・・
3683, 自己を見つめる −7
2011年04月26日(火)
「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
昔ほど、生甲斐という言葉を言わなくなったが、そのかわり、「好きなことを見出し楽しめ」というようになった。
生き甲斐は、それなりの覚悟と追求のエネルギーを要するが、「好きなことはを楽しむ」には、それほどの重さはない。
生き甲斐について、著者は以下のように納得できる説明をしている。
* 生き甲斐の探究
【 私たちは、この世の中を生きるとき、なんらかの形で、生き甲斐を求めている。生き甲斐のない人生を好んで求める人は、
考えることができない。 生きるということは、みずからが、そこに意味を見出し、なんらかの有意義性の成り立つことを
信じることのできる道程を発見して、そこに自分の人生の基盤を据えて、自己の時間的な生成過程と、振幅を含んだ多様な遍歴の道を、
辛苦や労苦を越えて、歩み進もうとする覚悟にもとづいて初めて成立する。 それを可能ならしめるものが、生き甲斐にほかならない。
むろん、その生き甲斐という問題は、さまざまな局面を含んでいて、けっして単純ではない。 けれども、生きる意味を信じ、
自分の人生を肯定できる道程を発見し、そこで自分の人生の充実を図って生きる、という構造を含まないような人生設計や
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04月26日(木)
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