ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか
宇宙は本当にひとつなのか ー1
* 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵する以上に大きく変わった。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、その周りを地球が周っているに過ぎないと
主張した以上の大きな衝撃的進展という。 それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの
一部分でしかないものだった。 ここで、残る96%は何か? というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒エネルギー。
それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。 ところが、その暗黒物質が分かる一歩手前まで来たのである。
この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙はもっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものがわずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。
殆んど宇宙のことが分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つでしかない裏ずけがで始めてきた。
学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、
宇宙のことが格段に知られるようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないかという説。
それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったというのを最近、知ることになった。
哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、
多元宇宙論を知ると、所詮は、そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。137億年前のビッグバンで
我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる
通路と思われる。これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・・
3622, お姥捨てるか裏山へ
2011年02月24日(木)
「日本の名著名言事典」より ー1
* お姥捨てるか裏山へ 「楢山節考」 深沢七郎著
ーまずウィキペディアの「あらすじ」からー
山に囲まれた信州のある村。今年も楢山の歌が歌いだされる季節になった。村の年寄りは七十になると楢山まいりに行くのが習わし。
六十九のおりんはそれを待っていた。息子の後妻も無事見つかって安心したし、山へ行く時の支度はととのえてある。
済ませることはあともう一つ …。
−塩屋のおとりさん運がよい 山へ行く日にゃ雪が降る−
自分が行く時もきっと雪が降る…おりんはその日を待ち望む。孝行息子の辰平は、お供で一緒に行くのだが、気が進まず元気がない。
しかし家計を考えて年明けも近い冬の夜、誰にも見られてはいけないという決まりで背中に母を背負って楢山まいりへと出かけていく。
辛くてもそれが貧しい村の掟なのであった。
ー以下の部分が凍りつくようである ―「日本の名著名言事典」紀田順一郎著より
「 お姥捨てるか裏山へ 裏じゃ蟹でも這って来る 這って来たとて戸で入れぬ 蟹は夜泣くとりじゃない 」
山深い村で昔、年寄りを裏山に捨てた因習がある。或る時、老婆を捨てたところが這って帰ってきてしまったので、
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02月24日(金)
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