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堀井On-Line
by horii86
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■3977, 人生を振り返る時節に
 還暦を過ぎて60代の中半を越えて、そろそろ人生の整理に入る時節になってきた。
一年近く前に会社も倒産し、いやが上でも事業も終えてしまった。後悔も、未練も全くないのが自分でも不思議である。
しかし時間に余裕が出来、気持ちも落ち着いてきた現在、人間は時代の波に漂う存在でしかないことに思いやられる。
 出身の長岡市が生まれる直前に戦災にあい、両親も含めた我家の全て焼け出された。 子供の頃の記憶は3歳位から
始まるというが、私は生後三ヶ月あたりから始まっている。 大人数の中で育ったこともあるのだろう。
長岡の商店街の真っ只中で何時も独りで遊んでいた。その習性が、そのまま現在に至っている。 
幼児の頃から住み込み従業員と10人の家族の中で、常に周辺の人の顔色を窺っていたが、それが刺激的であった。
そして年齢を重ねるのと同時に、経済が成長していく右上がり社会で、その豊かさを享受してきた人生だった。
それも20年前のバブル崩壊で、一挙に右下がり経済になり、それと正比例した引き潮に私の事業も浚われてしまった。
それでも66年を振り返れば、ベストの時代に生きることが出来たと両親に国家に天(運命)に感謝している。
 人生の満足度では90点以上である。しかし振り返るとフラッシュのように恥ずかしい場面が次々に思い出される。
それでも嫌なことより、良いことが数倍あった実感が気休めになる。 時代と家庭に恵まれて、社会に出てからも
独学を続けてきたこともある。 で、これだが問題はこれから。 老齢は、おのずから病気、老い、死の問題が
背後から追い越し目前に突きつけられる。 自然と気持ちが暗くなり、慢性老人性鬱症が付きまとう。
初老の心象風景とはこんなものかと思っているうちに、中老になっていく。人生それぞれの年齢の心象風景は、
それなりに微妙な味がして面白い。 やはり、読書と芸術と自然に深く触れることが晩年の味。人生万歳である。
・・・・・・・
3612, 無縁社会
2011年02月14日(月)
       「無縁社会 〜新たな“つながり”を求めて」 NHKスペシャル 2月11日
  =内容=
‘社会に居場所がない’―― ‘無縁’となる人たちは高齢者だけでなく、すさまじい勢いで低年齢化し、
日本列島に無縁社会が広がっている・・・。「未婚で高齢の親と同居しています。私も無縁死するかもしれません」
「介護で仕事をやめざるをえなくなりました。日々、自分は無縁だと感じます」。無縁社会の放送を見てNHKに寄せられた
一万件を超える声。 多くは20代から50代の働き盛りの世代からだ。未婚、離婚、失業、職場での人間関係の希薄化。
若い世代を無縁社会に引きずり込むきっかけはあらゆるところに転がっている。 この世代に広がる自殺や心中。
無縁化した若者たちが社会での居場所も、自分の存在意義も見失い「無縁死せざるをえない、無縁死してもかまわない」
と考えるようになっている深刻な現状が浮き彫りになる。 ‘心の居場所’を作りたい――無縁化した人たちが再び、
社会とつながるための様々な試みを通じて、無縁社会を乗り越えるための処方箋は何か、解決の道筋を模索していく。
 ▼ この金・土曜日の二日間にわたり、ゴールデンタイムにNHKで放送されたが、考えさせらる内容だった。
 知人に孤独死で亡くなった人がいたが、これは誰もが今後起こりえる問題。 ここでは、正社員をやめさせられ、
非正規社員をしながら食い繋いでいる中年に差し掛かった人たちの姿を追っていた。 また自分が社会から
必要とされてないのでは?という挫折感が心底の重しになっている。 「縁」という言葉は日本特有の言葉。
一神教の世界では、絶対神 X を発明し、常に祈ることで神様と共に生きている。 聖書が常に傍らにあり、
休日には教会に行けば、そこには信者仲間がいる。しかし日本には身近な周辺の因縁社会が、その役割を果たしてきた。
しかし最近ではプライベート的には、会社も、近所の人たちとの関わりあいが希薄なってきている。 一度、正社員から
非正規社員になると、社会との関わりが更に希薄になる。その中で縁を作るのも並大抵でない。

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02月14日(火)
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