ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3781, ユング ー14
* ユング心理学、3つの流れ ー ① 古典派 (『ユング心理学』福島哲夫著ーP196より)
【 ユングが亡くなって現在に至るまで、ユング心理学の考え方や心理療法派、主に3つ流れ、古典派、原型派、発達派として続いている。
☆ 古典派= ユングの考え方を、そのまま受け継いでいる。彼らは「心の深層の象徴的イメージの変容に重点が置かれる。
たとえば、個人の中で男性イメージと女性イメージがどのように発展し、一つのまとまりあるものとして機能していくか、ということに
注目する態度に代表される。そして、このような様々なイメージを一つのまとまりあるものとしていく自己の元型の働きが夢や空想の中に
どのように表現されるているかを読み取り、その働きが活発になるように関わっていく。男性、女性イメージのほかにも、英雄が龍と
戦って勝利するイメージが、母親的なものからの精神的な自立の象徴と考えられて肯定的に扱われる。 また、それまでの古い自分が死んで、
新しい自分が生まれ変わる「死と再生」、あるいは、それが儀式化されて成人式や結婚式、葬式の儀礼となった「通過儀礼」などの、
イメージを個人が内面で、どのように体験するかということも大事にされる。これは、内面のイメージの変容をどのように体験して、
それまでの自分と、どう違った自分になるかに大きな関心が向いている。
ー古典派の治療態度とはー
ここで、グリム童話の「かえるの王様」を例にして自己表現を、取り上げている。
<姫が気に入りの金の鞠を泉に落として、悲しんでいるところ、蛙が現れ、条件をつきで鞠をとってもらう。しかし、蛙を気持ち悪く
思う姫は約束を破り、叩きつけてしまう。すると蛙は王子に変身し、二人は結婚をする> 古典派では、金の鞠を「自己」、
蛙を、未知なる男性、他者。結婚を自己実現と解釈する。彼女は他者と初めは嫌々ながら密接に関わりながら、正面から対決することで
大人になり、自己実現(結婚)をしていく。古典派は、このような変容過程が、実際の個人に起こることを期待するのが、立場になる。】
ーー
▼ ひとつ夢でも、ユングの各派で解釈が色いろ違ってくる。古典派は統合と発達を大事にする。結婚=自己実現するために、
他者を叩きつけてしまう、という部分が象徴的。叩きつけられた他者は、そこで王子=理想的相手に変身するというのも意味深長。
これでは、結婚してからの蛙はたまったものでない。しかし、そういうものと心の奥で、割り切るしかないのか? いずれにしても、
親からの自立は、人類の永遠のテーマとなる。成人式も、結婚式も、ひとつの通過儀礼である。そこで、二世代、三世代家族は
多くの課題を持ってしまうのは当然の結果である。一生、小さな岩場の中に閉じ込められた山椒魚になる。気がつかないのは自分だけ。
・・・・・・
3416, 「憎国心のすすめ」 ー2
2010年08月02日(月)
■ 知性の定義
知性を電子辞書で調べると、
「知性とは、『知覚を認識に作り上げる精神機能。感覚によって得られた素材を、整理・統一し、認識に至る精神機能』とある。
ここで日本人には知性が足りないと繰り返しているが、その「知性とは何か」と言われるといま一つ曖昧である。
そこで著者は知性について一章をさいて書いている。
ー知性について書いている印象に残った部分を書き出してみるー
* 私は、「知性とは何をしたらよいかわからないときに用いるものだ」というジャン・ピアジェの明快な表現が好きだ。
つまり「正しい答え」がないときや、通常の対処で十分とは思えないときに必要となる。 柔軟に対処したり
手探りしたりする能力で、いわば知的な即興の能力である。 モーッァルトやバッハのコンチェルトのように高度に
磨き上げられた作品ではなく、ジャズの即興演奏を思い浮かべるとわかりやすい。知性とは、即興で作られ、
思考と行動によって磨かれる「過程」のことである。』 (『知性はいつ生まれたか』ウィリアム・カルヴイン著・草思社)
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08月02日(火)
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