ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3345, 閑話小題 ―つれづれに
* トヨタのレクサス
先日、車検に出していた車を引き取りに行ったところ、30分ほど待ってくれというので、
隣にあるトヨタの中古車センターで車を見ていたところ営業マンがよってきた。そこで時間つぶしの事情を話したが、
ついつい「高級車か、スポーツ車で面白そうな車があるか?」といったところと、マークとレグサスを見せてくれた。
私は先代の車をいれて22年間、ソアラに乗っている。現在の車は18年も乗っているが今でもエンジンの衰えが全くない。
で、外からはレグサスを見てはいたが、運転席に初めて座ってみた。 何か違うのである。 偉くなったような、
選ばれし者といって気分になるのである。 自動車も18年もたてば車も格段に進化しているのである。
二年前の車で、600万が367万円。 個人として買えないことはないが、リーマンショック後の恐慌の世。
この暗い世相で無ければ、おそらく買っていただろうが。もっとも、最近は遠出は年一もないし、乗るのは市内のみ。
良く稼ぎ、良く遊ぶためにも、景気回復が待ち遠しいが、当分は無理。 TVでも買え換えるか。
* ペット大嫌いな人と、インコ
去年の10月に、メキシコ・コガネインコを飼ってから7ヶ月になる。家内がペット大嫌いで、買った当初は居間の
ベランダに鳥篭があることもあり、一月ほど居間に用がある時以外は、立ち寄らなかったほどの拒否反応。
ところが現在は、休日など見ていると一日数回は、籠前に置いてある簡易イスに座ってインコと戯れている。
インコが人に時々必死に呼びかけてくるのを聞くうちに情が移ったようだ。あれだけ、嫌っていたのに。
小桜インコを5代(匹)飼っていた十数年は、全く感心を寄せなかったのに。犬と同じ位の感覚で人の気持ちを察知する。
そして、自分をかまってもらいたいのである。今まで鳥を多く飼ってきたが、自分の糞が好物というのは始めてである。
ウサギが、そうだと聞いたことがあったが・・・
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2970住まうこととさまようこと ー2
2009年05月23日(土)
* まずは「住まうこと」とは
住まいは、外壁で外と内の世界が分けられており、昼は外が光の世界になり、夜は逆に内側が光の世界に逆転する。
外部空間の環境と、家の内部空間、その両者の布置が、部屋の雰囲気、広がりを決定する。住居は、壁で囲まれ、
垣をめぐらしている。それは自然に対する防禦でもあり、人間に対する遮断でもある。また住まいは上下の構造になっている。
ここで、「空間の詩学」という本を紹介し、その中の「家とはまさに「垂直的な存在」であるとして、
次のように述べている。「垂直方向は地下室と屋根裏という両極によって確保されている。
この両極性の特徴は、大変深くおよんでいるために、非常に異なった二つの座標軸を開いてみせる。
屋根に関しては屋根裏では、人は梁全体の硬い骨組みがむき出しになっているのを、見ることができる。
そこで大工の手堅い幾何学にあずかるのだ。 そこで、地下室はどうであろうか。きっと、そこは役立つものと
考えるだろう。便利さの合理性を幾つかあげるだろう。しかし、そこは家の暗い存在、地下の威力をわけもつ存在である。」
殺人事件の映画では、刑事が犯人の家に踏みこんで調べると、そこには地下があり、殺人のための道具や、
死体があったりする。 逆にファンタジー映画の場合は、屋根裏部屋の箱の中や、見知らぬドアに、
光が満ちていて、別世界への入り口になっている。 屋根裏部屋は最も孤独で静寂な上昇の象徴でもある。
私が4?10歳まで育った商家では、戦後の数年後に建てられた4Fのビルであった。
1Fが店、2Fが事務所と倉庫、3Fが台所兼食堂、そして家族の住居、4Fが従業員の宿泊部屋、そして街全体を見渡せる屋上。
まさに垂直的な存在、そのものであった。幼児期の、そこの体験は、まさしく小説のような生々しい物語の連続であった。
住まい、商いが、混同した楽しいが、しかし戦いの連続の世界であった。 そして、ついに大事件が幾つか発生した。
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05月23日(日)
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