ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395223hit]
■3327, 偏差値導入が日本人を劇的に変えた
「知の衰退」からいかに脱出するか? ー大前研一 (著) ー3
* 偏差値導入が日本人を劇的に変えた
大前健一は、改憲論者であると同時に新自由主義者である。また「安保闘争以降の偏差値による選別教育が日本人の愚民を
押しすすめる結果になった」と主張。 偏差値による選別教育の年代とは 現在の40歳代前半から20歳後半である。
ーまずは、その部分を抜粋してみるー
日本で、詰め込み教育、受験一辺倒教育、偏差値による選別教育が始ったのは1960年代後半の安保・大学紛争以後である。
今から考えると、あそこが分岐点であった。 あの紛争で、政府は、過激な学生運動に非常に強い危機感を持った。
ここで、国民教育を民化政策に転換した。その象徴が「偏差値教育」である。・・・・
本来、人間の能力は自分で判断すべきである。自分のやりたいことは、その判断に基づいて自分で決めること。
ところが、日本の子供たちは、自分の能力の判断をする大切な時期を偏差値に支配された世界で過ごすため、
自分で自分を判断する力をなくし、やりたいことも自分ではなく、偏差値で決めることになってしまったのである。
こうなると本人も偏差値による数字を先生に言われることで‘予定調和’して、「自分はこの程度」と簡単に思ってしまう。
学校や塾で「この数値では、この学校は無理だ]と、繰り返し言われれば、目標を上にあげることなぞ無理になる。
これが、偏差値教育の持つ最大の弊害である。
これは工業化社会の確立を目指す政府には非常に都合のよい政策である。それぞれが、能力に見合った位置で仲良く
協力しあってやっていくことが必要とされるからだ。 こういう飼いならされたロボット人間が、大量に必要なのが、
工業化社会であって、そのために、偏差値による選別有効に働いた。これは、個人個人から意欲というもの、
アンビションを奪ってしまったのである。現在の40代前後の偏差値世代の人たちは、非常に従順なのが多い。
彼らは共通の思い込み「偏差値が高い=頭がよい」と子供の頃から植えつけられていて、そこから抜け出さないのである。
クラスメート、同級生といった狭い範囲で考えてみると、自分たちより数値の高い人が、マスコミに行ったり、
役所に行っているのを見て、彼らは偏差値が高いから頭がよい。だから、彼らの言うことは正しいと、勝手に思い込んでいる。
〜〜
この年代が社会の中心になってきたのが、この日本の不況の隠れた真実である。 この年代の人たちと、この十年来、
ツアーなどで一緒になる機会が多かったが、前頭葉がゼロというほど思いざるを得ないと感じていた。
勝手に自分たちの階級を決め付け、それ以外には一切を無視をする。 無視なら、まだマシだが、否定をしてくる。
その後の年代を大前は、「少年ジャンプ世代」、「ゲームキッズ世代」と分けているが、それは次回。
・・・・・・・・
2952,スリルな瀬戸際だった日々 ―2
2009年05月05日(火)
前回の凍りついた二日間で思い出したことがある。 《まずは、以前書いた文章を御覧あれ!》
ーH0905 魂が万代橋の上を彷った話 ー
第2新館の役所の検査の直前の話である。担当の設計士が顔をひきつらせ青い顔をして言うには“今回の検査はパスしない!...”
一瞬耳を疑ったが、次の瞬間頭の中は真っ白、地獄の底へつきおとされた思いであった。
“それが本当であれば、あの建物は単なるゴミの山、そして私は?、会社は?...‘パニック状態’である。
それも夕方の飲み会の直前である。まあ明日の話として、頭も冷やすという事も含めて、そして焼け酒という事で浴びるほど飲んだ。
そして、その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。恐らく長椅子が不安定という事と、頭がパニック状態という事と
酔いを含めて妙な夢になった。魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋までを、目線が5mの高さでプカプカ
浮遊しているのである。“ああ自分は浮いている。 それも魂が”という感覚であった。
そして目が覚めて!「魂が浮いていたのはたしか夢か!でもあの話は本当である!
[5]続きを読む
05月05日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る