ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3233, 死は‘別れ’のとき ー2
 * あなたと出会って良かった !
 昨日は高校の同級生の葬儀。 150人位の参列者で、同級生は15〜6人位。 
 通夜は11名で、通夜と重なっている人をならすと22〜3名。 それぞれが背負って生きてきた人生の全体が
 垣間見えるのが葬式である。 高校の同級生の葬式といえば、次は誰かと互いに詮索し押し付けあうのが恒例。
  ところで葬式で、火葬場の最後の別れの場面が人生模様の圧縮が表出する。 実は、この場面の立会いが好きである。  
悲しみと同時に故人と家族の愛が全体を包むからである。 故人の奥さんの絶叫が涙を誘った。 
 御棺の顔部分の蓋を閉めるとき、奥さんの声が聞こえてきた。
「あなたの奥さんで良かった! 幸せな人生でした。 ありがとう。ありがとう。ありがとうございました。
 ありがとう。ありがとうございました。」と。同時に家族全員が号泣。そして娘さんが遺体を焼却炉に入れる直前に、
「いや、入れないで!」と絶叫。 これまで、数かぞえ切れないほど、その場面に立ち会ってきたが、
 これほどの感動的な悲しい場面は初めて。 会場の殆どの人が涙を流し、立ちすくんでいた。
 奥さんと家族の感情が自然に堰を切ったように出たのである。火葬場からの帰りのバスの中でも涙が止まらなかった。
 自分の家族に、果たしてこんなことを言ってもらえるだろうか。 無いだろう!
  ところで、本人の死に顔は気の毒なほどやつれていた。 すざましい苦痛との死闘があったのだろう。
   ご冥福を! 
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2009年01月31日(土)
 2858, 人生を振り返り、俯瞰してみると −2
63年を振り返ってみると、人生は自分しか歩けない一本道ということがわかる。
その時節ごとに、それぞれの時代背景があり、その度に色いろな人との出会いがあった。
その時どきには、それが全てに思え、またそれしか見えなかった。
前回書いたように、それぞれの年代を上から下へと断層面として眺めると面白い。
断層面としてみると俯瞰がしやすいのである。 「父が現在の私の年齢の時には私が22歳。 
そうか父は私を大きな期待と不安を持って見ていたのか!」とか等々。
十年単位の断層を見ていたら、「私の周期は9年」ということが見えてきた。
9,18、27、36、45、54、63歳である。 この時期に大きな節目になっている。
これからすると、次は72歳になる。もしかしたら、あの世への御門が待っているか? それとも今年?
ーところで、人生をビルに例えて階層を重ねてみたら解りやすい!
 屋上ー
8階ー80歳代以降は、一日一生で、毎日を味あう時期。
7階ー70歳代は、人生の整理の時期に入り、全てをシンプルに変えていく時期。
6階ー60歳代は、人生の豊穣の時で、それまで出来なかったことを新たに始める時になる。
5階ー50歳代は、大きな人生の回り角、競馬でいうと第三コーナーを回って直線に差し掛かる時期。
4階ー40歳代は、人生の八割がたが決まり、一息つけるが胸突き八丁でもある。
3階ー30歳代は、それまで蓄積した全てを創造に向けて吐き出す時期。
2階ー20歳代は、泥まみれになりながら、社会人としての基礎を身に付ける時期。
1階ー10歳代は、スポーツと勉強を通して、選別されていく時期。とにかく、学ぶ時期。
  それぞれにフロアーは一年一年ごとの10の回り階段になっているとイメージすればよい。
 地下は母親の胎内?、それとも姉・兄?  基礎構造は家庭、そして祖先。 だから家庭は大事になる。
 しかし相方との長期の相性は、実際のところ5分5分だから難しい。
 相手の家庭を見れば、絶対に止めておいた方が良い人は分かるが。
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2008年01月31日(木)
2493, 読書の腕前 −1
           [ォハヨ]○o。(>ε
01月31日(日)
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