ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3230, 死は‘別れ’のとき
昨日30年間近く毎年、行われている高校の同級会のメンバーの一人の近藤さんの訃報が入ってきた。 癌である。
これで5人目で、2割強が亡くなったことになる。 ところで、癌から死に至る恐怖心を克明の記録を残した学者がいる。
岸本英夫である。もと東京大学の教授で宗教学の学者だった。彼は彼自身の臨終の最後まで、死という問題を直視し続け、
現実の死という問題に真向うから取り組んだ人。 癌でも最も恐ろしいといわれる悪性黒色腫という転移性の早いことでは
致命的な癌。 あと半年しか命の保証ができないと診断された岸本教授のショックを、こう書いている。
「私の内心は、絶えず血みどろの闘いだった。 昼はまだ良い。
夜が問題だった、夜、一人自分の部屋に入ると、激しい緊迫感が襲ってくる。
癌の宣告を受けた私は、もはや絶望という意識で心が一杯になってしまった。
そしてその時、私は生れて初めて、生きていたいという生命欲が猛然と頭をもたげてきたことを知った。
腹の底からわき起る凄じい生命欲は、死にたくないという強烈な欲求と、死に対する物凄い恐怖となって現われてきた。
生命が直接の危機に陥ると、心はどれ程たぎり立ち、猛り狂うものであるか、そして全身が手足の細胞の末々に至るまで
必死で死に抵抗するものであるか、私は身をもって知らされた。」
岸本英夫が死との苦闘の末に行きつい た境地は、
・「与えられた人生を、よく生きる」ということと、
・もう一つは「死は、人生によくある″別れのとき″の一つなのだ」ということ。
≪ 人間は一生の間に何度も別れを経験する。 それには悲しみも伴うが、人はそれを耐えて、乗り越えてゆく。
死はつらく悲しいことだが、それは人生にいろいろある‘別れ’の一種に過ぎない。タダ最後の大仕掛けのことでしかない。
今までの様々の ″別れ″と本質的に異ったものではないのではないか。 普通の別れに対しても人は準備をする。
それと同じように、死に対しても心の 準備をしておけばいい。
そうなりきれた時「癌のおかげで、本当の生活ができると感じがする」≫ という。
〜〜
亡くなった同級生にも、死の恐怖との激しい苦闘と、肉体的苦痛があっただろう。
もの静かな誠実の塊みたいな人だった! ご冥福を!
・・・・・・・・・
2855, ある喩え話 -自由と平等 どっち
2009年01月28日(水)
*自由主義と社会主義的体制を解りやすく喩えると
自由主義と、格差を嫌い管理を優先する社会主義的体制のどちらがよいかが、今後の大問題として浮上してきた。
新自由主義をあくまで優先するか、平等を優先して規制強化かは、人類の永遠のテーマである。
それが堺屋太一の寄稿文に分かりやすい喩え話で掲載されていた。 これは、酒飲話の余興にでも使える。
【 あるとき、慈悲深い神様が、子羊が狼に食べられるのを見て哀れに思い、狼の牙を抜いて羊に変えられた。
羊たちは平和に暮らせるようになった。 ところが数年経つと羊の数が増えて、一部の強い羊が草原を占拠。
弱い羊は飢えだした。神様は飢える羊を不憫に思い、羊たちに等しい広さの草原を割り当てた。
その結果、争いはなくなったが、どの羊も飢えて死んでしまった。 神様は草原を増やすことは出来なかった。
この神様はカール・マルクスか毛沢東とかいった。
やがて神様は交代して、前の神様の失敗に懲りて逆のことをやりだした。狼たちに羊を捕る自由を与え、
いっそう強力な牙と知恵を与えた。地上は弱肉強食の場になり羊は食い尽くされた。
その上に狼同士の共食いが始まり、数年後にはただ一頭の巨大な狼が荒野を彷徨っていた。
この神様をリカードとか搶ャ平ともいう】 まあ、面白い例え話である。
次のような即興の物語が思いついた。
【 羊の群れに紛れ込んだ狼どもが、知恵を使って眠り薬入りの美味しそうな藁をまいた。
しかし薬は実は羊にとって毒であった。その結果、羊の全てを殺してしまった。
しかし、その狼は、その前に羊の毛を騙して刈り取って、高い金で売り、羊の肉を塩づけにして
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01月28日(木)
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