ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395486hit]

■3105,我にたためる翼あり
 「我にたためる翼あり」という言葉には考えさせられた。なかなか含蓄がある。
バーネット作「小公子」を日本で初めて紹介した若松賎子の言葉。
「私の中に、たたんだ翼を持つ者と信じて努力をして、大きく羽ばたく時を待つ」という意味。
賎子自身は、若くして病に倒れ無念の思いと祈りのこもった言葉。 それを知っていれば尚のこと深さが覗きみれる。
何かを志す者にとっては、これほど励ましてくれる言葉は少ない。翼を才能、努力の蓄積、志、夢とも、とることができる。 
賎子の魂が、この言葉の中に篭っているような響きがある。 それも女性の言葉、それも「たためる翼」という内に込めた
大きなエネルギーを感じ取ることができる。 何かを目指している若者がいたら、是非とも教えてやりたい言葉である。 
縁あって、この文章を読んで感銘をしたならば、近いくの青年に是非とも教えてやって欲しいもの。
 ところで我に、たためる翼があっただろうか? 精一杯翼を広げ羽ばたいたが、雀は雀。
翼を持っていると自分で信じて努力していれば、それだけで良いということで納得するしかない。
「我にたためる翼あり」を私の小さな経験に鑑みると、自分の翼?で飛んだのは「秘境・異郷ツアー」。 
たたんでいる時間は少なかったか。 翼といえば、一羽ばたきで数百里を飛ぶ大鵬のイメージが沸いてくる。 
私にとって「我にたたむほどの翼ありや」である。 また軽く飛びまわることの出来る天使の翼のイメージである。
そう、私にとっての翼は読書や映画などを通して異世界に入る「イメージそのもの」である。 
 それなら、ある。 毎日、何回も開いているが。 私に当てはめると、せっかくの言葉が壊れてしまうか。

 ・・・・・・・・・
2740, 貨幣経済は「ねずみ講」
2008年10月05日(日)

「資本主義は嫌いですか  ―それでもマネーは世界を動かす 」 −2  
                             竹森 俊平 (著)
 紙幣は「ねずみ講」の札と同じ!と言われれば 「エッ!」と思うだろう。 しかし直感的に納得する事実である。
アメリカのドル一極基軸体制だった数年前まで、正に、それに近い感覚を持っていた。それをズバリ「ねずみ講」とはね!
 ーP74ーにそのことをズバリと書いてある。
《「ねずみ講」というのは、【親」の会員が「子」の会員から利益をもらい、「子」の会員は「親」の会員から利益をもらい、
といった連鎖を繰り返していくことにより、会員全暴利益を享受するとをねらったものである。何のことはない、この仕組みは、
より先の世代の会員たちが受け取る利益の「つけ」全部を、連鎖の最後の世代に回しているに過ぎない。
しかし、もし「ねずみ講」連鎖が永遠に続くならば、「つけ」を回される連鎖の最後の世代の存在は無限時点の彼方に消滅する。
それゆえ、この場合には「ねずみ講」に参加する会員全員が利益を受けるという奇跡が起るのである。
ここでは、何も有益な生産活動が行われているわけではなく、単に「つけ」のたら回しがされているだけなのだが、
それでも会員全部が利益を受ける。それは無から有を生じる「錬金術」のような奇跡である。
ただし会員全部が利益を受けるといっても、誰もがまったく同じだけ利益を受けるわけではない」
「ねずみ講」の第一世代、つまり「親」は、自分自身は他人に利益を与えることなしに、自分だけが利益を受けるのだから、
受ける利益は人一倍である。これは「貨幣経済」についてもいえる。胴元や、始めたものが貰い得なのが、「貨幣経済」である。》
 ーー 
 以上だが、犯罪としての「ねずみ講」を主催していた連中は、そのことを熟知していたはずだ。
そして、アメリカの金融システムの支配者達もである。 ねずみ講も、それが拡大しているうちは問題にならない。
しかし、一度それが行き止まった瞬間に破綻をする。 それと同じことが「紙切れ通貨制度」にも言える。
次回にとりあげるが、著者は現在世界の各国が取り入れている「賦課方式の年金制度」を「公営ねずみ講」と看破している。

[5]続きを読む

10月05日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る