ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3081, 第三の場所
我われは家と職場だけでは息がつけないので、行きつけの居酒屋やスナックをつくり、学生時代の校友会や、
気の合った飲み友達の会などの自分の世界を広げる。その他にもスポーツクラブやゴルフの会にも参加したりする。
それがレイ・オルデンバーグがいう「サードプレイス(第三の場所)」である。
「サードプレイス」とは 家(必要不可欠な第一の場所)と 職場(必要不可欠な第二の場所)に加え、
都市に暮らす人々にとっての「必要不可欠な第三の場所」を意味する。 オルデンバーグは「サードプレイス」の代表例として、
イギリスのパブ、フランスのカフェ等を挙げ、それらが自由でリラックスした雰囲気の対話を促進し、都市生活における良好な
人間関係を産み出す重要な空間であるとする。 その特徴を「インフォーマルでパブリックな営み」を促進する場としている。
インフォーマルとは社会的立場を脇に置くことであり、パブリックとは仲間がいて協調する場をいう。
第三の場は、年齢とか趣味で個々の組み合わせが変わってくる。
私のベースは、居酒屋・スナック+秘・異郷旅行+図書館・読書+早朝のウォーキング+新幹線通勤の車中などである。
誰もそうだろうが、私も学生時代から現在まで、第三の場所を直ぐに創る習性があった。 家が商売をしていて
大家族だったこともあり、自分の世界を創るしかなかったのである。但し中・高校時は、その余裕は全く無かったが、
その分、大学時代に一挙に爆発したようだ。 ところで8年前にパソコンを始めて、HPを開いてからネットが
第三の場所の一つに加えられた。 もしかしたら第四の場所? いや、第三の場所か??。
サルトルは、その一つとしてパリのカフェの一角で多くの友人とサークルを作り、オープンな議論をした。
そうこう考えていたら、人生でみると学生時代が第三の場所だったような気がする。
第一の場が両親の影響下の家庭、第二の場が自立後、そして第三の場が中間の学生時代である。
だから現在でも学生時代の友人と会いたくなるのである。
学生という身分でスポーツやゼミなどで日本中から集まった人たちと、酒を飲み、議論をし、旅行などをした。
第三の場所に父親に頭を押さえつけられた二世・三世が逃避しているケースが多く見られる。青年会議所、ライオンズなどである。
こういう時期に人間関係を形成する機会という見方もあるから否定は出来ないが、要は第一・第二・第三のバランス。
場所といえば、時間にも「第三の時間」という言葉が成り立つ。「第三の場所で過ごす時間」である。
時間と空間と具体的な内容ーTPOの問題と、それを受け止める心(立場)の問題が出てくる。
で、「第四の場所」を想定すると? 「絶対孤独の場」それとも「何かに夢中になっている場」か「忘我の読書」?
・・・・・・・・・
2716, 東京について
2008年09月11日(木)
家内は東京大好き人間。 私は好きではないが、少なくとも住みたいとは思わない。
大都会は確かに情報が集まり、面白いかもしれないが、何か豊かさの方向を間違ってしまったように思える。
私は日本の中央の東京の反対側の日本海の都市で、職は新潟市、住いが長岡市である。
のんびりしているが四季の変化が激しく、地方特有の時間がユックリ流れている。そこには色いろな人生を、
活き活きと生きている人が多い。また夜になれば、そそくさと家に帰り、家人とノンビリと過ごせる。
私が千葉で事業を始めて二年後、家の事情で実家のある長岡に帰ろうと決意した時のこと、
仕事上で知り合った友人がいった一言「何で、その歳で都落ちをするの?」である。
その人は、やはり私の故郷の近くの出身者である。 Uターンを都落ちという言葉に驚いた。
あの雑踏の、ビルや車だらけの無機物の塊の、何処がよいのか? という見方は地方から見た感想になる。
それぞれの生きてきた過程もあるから一概には±を軽々しくは言えないが。長男が、半年前に帰省してきて最近勤め始めた。
そして、Uターンの人を評して曰く、「あの人は○○という会社の落ち武者」 自分を落ち武者と思っているから、
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09月11日(金)
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