ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3080,再び死について考えてみる
一昨日、従姉妹の通夜に参列をしてきた。 地元の米屋に嫁に行ったが、小姑が多くいて難儀をしていると聞いていた。
「この世に、今時にこんな厳しい嫁の環境があるのだろうか」と思われるほどの重荷を背負っていたようだ。
その10日ほど前に、長岡のグリーン・ホテルの先代社長が先月27日に亡くなったと死亡広告にあった。
一度、当方の事務所に来たことがあったが、創業時にホテル業についての話を聞きに行った事があった。
暗い顔をした気難しそうな人だった。 「自分の兄弟二人が、新潟駅前でホテルをしているのを知らないね」と言われ、
それさえ知らない無知を恥じた記憶がある。 三条、柏崎、長岡三棟、東京の上野近くで6棟を建て、
子供たちに一棟ずつ与えるのが夢だったというから、それはそれで・・。
ところで、身近な知り合いと、第三者の中間の立ち位置の「二・五人称の人」が死を考えるに最適という。
第三者と第二者=知人と中間の立場の立場の死から多くのことが見えてくる。知っている程度の人である。
「死ぬ=無になる」、という論理の矛盾(無になる〜無には成りようがないー無いものに何故なる?)という
池田晶子の言葉の通りに、死という言葉のイメージが刷り込まれる立ち位置にあるのが2・5人称の人である。
10歳の頃、親戚の葬式に親と出席した時に思ったことがある。
「何で、人は周囲の眼を気にして好き放題生きないのだろうか?」と。 子供ながら凄い疑問を持ったのである。
そのうちに、その疑問を忘れてしまったが、次の疑問は父親の死に接した時である。
死の瀬戸際から、逆に「生きる輝き」を逆噴射して見つめた視点である。
死に際で、「あと、せめて三年、生きたい」という生への渇望の言葉を聞いた。それが日々強くなっていった。
その時に「人間は生きているそのことだけでベストである」ことを肌で感じ取った。
そのためか、父親が亡くなってから全く人生観が変わってしまった。「一日一日を生ききること」が
人生から与えられた責務と思うようになった。 知人の死だけでなく、身近な人の死も多く教えてくれる。
生老病死 苦集滅道 とは よくいったものだ。 般若心経をパソコン画面に貼り付けておこうか!
・・・・・・・・・・
2715, 「要素還元論」と「二元論」
2008年09月10日(水)
島田雅彦・対談集「無敵の一般教養」の松井孝典の対談で
松井孝典が、考える方法として「要素還元論」と「二元論」を解りやすく手短にまとめていた。
ーまずは、その箇所である。
〜〜
【物事を深く理解しようと思うと、考える枠組みをよりシャープに細かくとっていかないと、
解くべき問題を設定することすらできない。 それがわれわれの脳の仕組みと合っているのかもしれない。
だから、時代とともに、より細かく対象を分け、より細かい領域で物事を明らかにしてきた。 それが要素還元論です。
しかも自然と人間とを分ける。考える主体と認識される客体を、とりあえず分けなければ思考はスタートしないわけで、
それが二元論でしょう。 現代を生きる人は、これまでの教育でそれを徹底的にたたきこまれているわけ。
「わかる」とは何なのかについて、それ以外の「わかる」ということは考えられないわけです。
ぼくは今、地球学とかアストロバイオロジーとかで、二元論と要素還元主義の枠を超えて、
昔のようにとりあえず現代の知の体系のすべてを認識しましょうということを主張しています。
何か新しい方法論が出てこないと、「生命の起源と進化」という問題は解けないと思うからです。
そういう過激な認識を持っているわけです。 とりあえず、二元論と要素還元主義に対抗する方法論として、
「システムと歴史」という見方で、もう一回すべてを見直そうとしています。
宇宙も地球も生命も人類も文明も全部一緒に論じようとしています。
数学は言葉です。経験しない現象を語れることばが数学なんです。宇宙の始まりは過去のことで我々は経験しえない。
そういう現象を語るためには数学以外に語ることばがない。いわゆる言語はすべて経験によって意味が裏付けられている。
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09月10日(木)
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