ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3032,青年と成年の境目
青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。
「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。
開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。
ーまずは、その部分より
【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、
どんどん職業を変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、
それはもう青春ではなくて「青」が「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。
(佐治敬三氏との対談より)】
成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。
考えてみると、そうかもしれない。 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。
それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には青年期は無かったというのか?
その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか?
そのファジーな部分からみると、人生に希望を持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。
一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とはいわない。万年青年という言葉には、
深い教養の上で理想を追い求める人をいう。 人にとって、その職業の占める位置は大きい。
連れ添いと同じぐらいといって良い。 力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、
青年期は、それぞれのカタチを模索し吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、
だから光輝いているのである。 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。
仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。
そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。
心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。 諦念するしかないか!
ところで、青年期も、成年期もない人がいる。 ドッキ!
・・・・・・・・・
2667, 結論で読む人生論 ー3
2008年07月24日(木)
今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。
今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。
とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。
自分を、くそ坊主と割り切れば、「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。
自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。
−ー
「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」
「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」
「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」
「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」
「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」
「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」
「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり、愛情であるんだ」
「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。
極めつけは、これ。
・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ!
そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。
愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、女を愛することもできないし、女にも愛されない」。
「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。
利いた風なことをいう者には東光は容赦がない。
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07月24日(金)
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