ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3006,戒名を自分で付けてみた ー2
 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著    ー読書日記

 歳が歳だけに戒名を自分で考えると、何か神妙な気持ちになる。
思い立ったが吉日、軽い気持ちで考えると良い。 40歳が目安だろう。
あの世の名前を、自分が生きてきた生き様を元にネーミングする作業だから、これほど面白いことはない。
当時は坊様以外に、その能力を持った人が少なかったこともあるが、今は違う。
 家の仏壇には回出位牌が二つある。回転式の祖先の過去帳である。
明治半ばからの当家の祖先の戒名と俗名と亡くなった日が記録してある。
八角形の筒状になった書き込み式位牌で、中が回転する。 
私が実家に住んでいるので、仏壇を守っていることになる。 この仏壇の中に祖先の魂が入っていると考えてもよい。
 この文を書くにあたりメモをとったが、一人ひとりの人生が何かを語りかけているようである。
俗名も法名も、一人の人間のミニ物語である。 そして亡くなった年齢も命日も、その人だけの物語の記念日。
嘆き悲しむ親や親族がいて、坊様も、それを踏まえて法名を捻り出したのである。 
本人も死に怯えたかもしれない。 それさえ無かったのかもしれない。 
戒名も、位牌も決しておろそかにしてはならないのである。 だから、自分の戒名を自分で作るのも、
永遠の自分を残すという意味で大事な作業かもしれない。 坊様から命名してもらうも、それはそれで良い。
自分で命名するのが邪道なら、自称戒名、として別につくっておくのも良いだろう。
俗名は親が作るなら、あの世の名前は自作でつくるのも理屈である。
 
 ところで、家の回出位牌に書かれていた法名とは、以下の通りである。
       父、堀井誠作 の法名は 池行院釈誠道 72歳没 昭和48年6月30日没
       母   志摩      報寿院釈尼信華 88歳没 平成4年9月23日   
    一番上の兄、運一 の法名は 釈足心 23歳没     昭和27年3月15日
    二番目の兄、進 の法名は、釈証盆  24歳没       29年8月11日
    三番目の兄 誠 の法名は、釈淨誠   5歳没       11年6月4日
   祖父の多吉は、釈淨信         62歳没        2年7月22日
   祖母のツルは 釈尼妙証        55歳没     大正12年10月
  父には幼児の頃に亡くなった兄がいて 修作 5歳没     明治31年8月29日
  明治29年に亡くなった父の姉のヒサ 42年に亡くなったフミの名前がある。
  
 そうこう考えると仏壇を守る立場として、自分の戒名を勝手に付けて良いものか、疑問もある。
 下手をすると罰当たりになるか?  それぞれの命日には、心を込めて般若心経をあげないと・・・。
 ところで両親を除くと、誰も彼も私より年齢が下である。 
 父親は、「先祖供養だけは、しっかりしておけ」が口癖だった。
  
 ところで自分で考えるのが面倒? なら、 俗名を○と×のところに入れておけばよい。
 たとえば、著者のように。 面白みはないが。 
   あの世の名前も、事前につけておくのもオツである。   合掌!

・・・・・・・・・
2642, 郵便ポストが赤いのも、みんな娑婆が悪いのよ!
2008年06月28日(土)

昨日の産経新聞の一面のコラム、
 曽野綾子の「小さな親切、大きなお世話」
   ー弱点を武器にする弱者たちー  が、的を得た論評であった。
ー要旨といえばー
秋葉の男を通した、現代の腑抜けの若者と負け組みと称して何もしない人たちへの批判である。
戦後教育の最悪の集大成が秋葉無差別殺人である。曽野綾子は、彼は弱点を武器にする弱者でしかない、と批判。
短大を出た環境に育ったこと、派遣会社でも勤めることができること、五体満足の体と健康があること、
それだけで充分という。 アフリカや南米の貧困層と比べれば、全く恵まれている。
それを「負け組」意識、弱者の僻みで根が歪んでしまっていると指摘する。

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06月28日(日)
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