ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2989,歩く木
歩く樹木があるという、その名は”ウォークパーム”。
アマゾンに生息しており、太陽の光を求めたり、成長するための空間を確保するために、
根をタコ足のように伸ばして年に10数センチも移動する。アマゾンの中でも樹木の争いがある。
光の当たる方に根を伸ばし、陰になったほうが腐ってくのだそうだ。
50年で5〜6メートルも移動するのだから大変なものだ。 (人間でも、それさえできないのがいる?)
そういえば、ネパールの森林深く入った処でみたのは、根を持たないで隣の木に抱きついて栄養を吸い上げ、
涸れると次の樹木に移動する木を見たことがある。 その時に何か女性を連想してしまった。まあ、いいか。
直径一メートルの樹木が巻きついている様相は何か不気味な感がしたが、移動する方も不気味である。
木は根を持って、大地に張り付いているものと思い込んでしまっているから、その意外性に驚かされるが。
昆虫を食べる花とか、他の鳥の巣に卵を産みつけ育てさせるカッコウがいる。
羽根の付いた飛び魚もいるし、飛べない鳥もいるし、もっと凄いのは
「考えることを放棄している人間もいる?」(あなたのことではありません)
世界は、私たちの想像を絶する自然現象が多く存在をしている。
知っていること以外は無知、いや未知ということ。その知っていること自体が怪しいから、どうもこうも。
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2008年06月11日(水)
『いのち楽しみ給え』吉川英明編 (講談社)
まずは、 第二章 人間の本質 から抜粋してみる
ーー
理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。
西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない。
評)理想ある漂流者、感謝のある孤独か?詩は心だからである。 (『宮本武蔵』火の巻)
ー
今の足の向き方ひとつで生涯大きな違いが生じるのだ。 必然こうなるものだと
決定された人生などがあろうとは考えられない。偶然にまかせて歩くよりほか仕方がない。
評)必然と偶然、哲学の話になる。 (『宮本武蔵』火の蓋)
ー
一個の人生にしたところで、余り気まま暮しな人間や、物に困らないものが、却って、
幸福でない例を見ても、総括した民心というものにも、艱難する時代と、共栄謳歌する時代と、
こもごもの起伏があっていい。なければ却って、民心は倦む。 「新誉太閤記」
ー
生きようとすれば、あがきの爪が、何かをつかむ。 (『「本太平記」みなかみ帖)
評)最近の若者の大多数?は、あがきもしない。
ー
どんな大難も、一過を待てば、おのずから雲間に晴天を見せてくれる。(『「本太平記」帝獄帖)
ー
「なべて眼のあたりのことは、うこかし難い、また、変るなき鉄則に見えますが、
どんな現実というものも、じつは間断なく変っています、変るなと願っても、
推移せずにはおりませぬ。人の境遇も、人お互いの心も」(麻鳥) (「新・平家物語』静の巻)
ー
人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。 驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。
人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。(「三国志」 望蜀の巻)
評)人を恨めば穴二つ、ということか。
ー
はたらいた俺にはあるぞ夕涼み 「書簡・詩歌集」 評)はたらかぬ俺にはあるぞ閑の味
老けて行く春を化粧の瓶の数 「書簡・詩歌集」 評)老けていく春をサプリの殻の瓶
どん底の人に不思議な顔の光沢(つや)「書簡・詩歌集」 評)去年、癌で亡くなった人の顔
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評)は無かった方が良かったが、これを書かぬと味気ない。
後で読み返した時の(いま・ここ)の自分のマーキングである。
ーつづく
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2007年06月11日(月)
2260, ミスター・ドーナツの原価?
(っ´Ι`)っ { おはよう
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