ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2946,タレント知事をどうみるか? ー2
佐高信は、タレント知事を完全に否定している。
ー反対する理由はー
「タレント、つまり人気商売は常に多数に寄っていく宿命だ。だから知事に一番向かないのではないか。
多数の人気に自分を預けていて、自分の意見がありそうで、ない。例えば、東国原知事の国政への転出騒ぎがその象徴だ。
『みなさんが許すなら』という言い方だった。 自分に信念があって不人気でもやるということではなく、
人気に寄りかかっている。 橋下知事も反発を受けることを断行しているように見えるが、常に多数に乗っかっている。
政治家や行政マンに必要な信念があるようで、実はない」
ー知事に必要な条件とは何かー
「弱者の痛みが分かること。過疎を切り捨てない人。この逆をやった政治家が小泉純一郎氏だ。
全体的に政治家の『小泉純一郎化』が進んでいる。タレント知事も同じ人気者路線に乗っかっている。
喝采(かっさい)を浴びた小泉氏のまねをして県民に受けている。
政治や行政の本来の使命である『公共』という概念が忘れられるというか“殺される”と思う」
タレント知事は人気を利用した発言力が役立ってはいないか
ーPR係として雇えばいいだけー
「知事でなく、PR係として雇えばいい。タレントそのものが浮草の人気商売だから、それが染みつき人気を利用して国と
渡り合おうとする。だが、青写真がない。選ぶ方も人気だけでそれを要求していない。地に足を着けて選んでほしい」
ー有権者側にも責任がある
「タレント知事はその存在がすべてで、何を公約したかというのは問題にされていない。それはまずい状況だ。
格好が良くて無内容の人と、格好悪くて内容がある人とを比較した場合、後者を選ばないと。
政治がワイドショー化しているのだ。 タレントの生きている世界と全く対照的なのが政治の世界。
行政や政治が堕落していくあしき兆候だと思う。隣人が選挙に行くから自分も行くような人には選挙権を与えなくてもいい」
ー政党側も人気を利用していないか
「人気ほど不確かなものはない。風によって登場した人は風によって消えていく。
(1期4年と短命だった)青島幸男元都知事も人気がないことはやる気がなかった。
(平成18年に初当選した)滋賀県の嘉田(かだ)由紀子知事は、自公民推薦の現職と共産推薦の新人を相手に勝った。
風を起こしたのだ。これに対して、人気に乗っかった人は、風の向きが変わると、言ったことと全く違うことをする怖さがある。
そのことをタレント知事を選出した県(府)民は分かっているのだろうか。県(府)民も風に乗って浮かれているのではないか。
〜
選挙で選ばれて県知事になるのだから、人気商売であることも確かである。しかし、お笑いや軽薄としか思えない
タレントを選んでしまう県民の民度は、その程度と、切り捨てるしかないのか?
落ち目の国の、末期現象でしかないことは間違いなさそうだ。
・・・・・・・・・
2582, 柳田邦夫の2.5人称の視点
2008年04月29日(火)
ー「人生の答え」の出し方ー柳田邦夫著 ー1
柳田邦夫著ー「人生の答え」の出し方ーに「2・5人称の視点」という言葉があった。
その意味を噛締めてみると、成程と合点がゆく良い言葉である。
学生時代のゼミで、色いろな人間関係の実例を取り上げ、それぞれ原因を探り、
解決策を討論する事例研究を一年にわたり徹底的に鍛えられたことがあった。
この本を読みながら気がついたことがある。 それは事例研究から学んだことは、
一人称、二人称、三人称、そして一・五人称、二・五人称の視点の訓練をさせられたことである。
ーその二・五人称とは何か?を大筋書いてみる
一人称は、自分、
二人称は、あなた、家族など身近な人、
三人称は、専門家、役人、ジャーナリスト等、客観的に見る人。他人事とみる視点。
三人称は「事態を客観的に見る良さがあるが、悩んでいる、落ち込んでいる一人称、二人称からは冷たく見えてしまう」
そこで、三人称の人も二人称に歩み寄り、同時に二人称に埋没しない「2.5人称の視点」を持つべきだと。
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04月29日(水)
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