ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2932,筑紫哲也の残日録
文藝春秋の二月号の、
筑紫哲也の「がん残日録」ー告知から死まで5百日の闘いー が壮絶な死と生の記録であった。
2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死ぬ時代である。50歳を過ぎれば何時何が起きるかもしれない。
癌は体内に発生して、最初に発見されるまで、14〜5年かかると言われる。
発見されるまでの潜在的なものを含めると、全員が癌を持っており、全ての人が癌への道を歩いていることになる。
一グラムの癌細胞は鼠算的に2倍ずつ増えていくと、1キロに増加するに10回の2倍を重ねるだけでよい。
=この残日録の中の印象に残った部分を抜粋してみる=
・《07年10月20日》 福田康夫様
歴代の総理を拝見していますと、この人がと思う人でも、鬱積が溜まっていくものです。
それをあまり我慢するのもよくありません。秘訣は、本当に怒らないことです。
口さがない批判、非難の大部分は、それを口にする者の身の丈、思考の水準に見合ったものでしかない。
そんなものに自分がとらわれてたまるか、と思えば腹は立たないでしょう。
総理の仕事は、それより遥かに次元が違うでしょう。
・《07年12月8日》 執行猶予
この病を得ることは、いわば《執行猶予ー死ぬまでの》の時間を与えられたことになる。
それは自分の正体を見つめなおす機会を与えられたということだ。私は何ほどのものか。
何をしてきたか、何をしてこなかったのか。己を正視するのは、そんなにたやすいことではない。
それに加えて、もう一つの困難がある。こうやって、何事かを言語を用いて表現することは、
通常は他者に向かっての意思伝達の手段なのだ。そのための工夫や表現力は、訓練次第、
あるいは個人的能力によって多少とも向上させることができるだろう。
だが、本質的に社会的、公共的ツールである言語が、自分に向かって自分を説明するのに、
どこまで有効なのか。どんな言語表現もすり抜けていく部分、そこに自分の正体はぼんやりと、
または黒々と潜んでいるのではないか。「よい人生だった」「悔いの多い、くだらぬ人生だった」
どちらにしても、言語を用いる以上、他者への説明を意識しているのだろうし、そうでなくとも、
「自分の中の他者」に言い聞かせているのかもしれない。
・《08年1月 日付なし》
泣いても一日 笑っても一日 どちらでも良い 良くないのは どちらでもない一日 せめて怒ってみるか
・《08年2月15日》 次女ゆうな の言葉
この宣告以前に、父が違う病院のお医者さんに余命について質問をしたことがあるんです。
その時に言われたことは『自分が駄目だと思ったときが余命の始まりです』という言葉。
はっきりとした余命を伝えることは『ダメか』と思わせることになるから、と家族で結論を出して、
伝えることをしませんでした。
・《08年11月5日》 こん睡状態、次女に『メモ、メモ』と紙とエンピツを用意させ、
《THANKY YOU》
ーひとりの人の死は、生きてきたプロセスを圧縮して立ち現れてくる。
・・・・・・・・
2568, ドル覇権の崩壊 ー3
2008年04月15日(火)
著者はアメリカが実質的価値のないドルと、偽札のドルとどこが違うと疑問を呈する。
私も以前から北朝鮮が国家として作っているといわれる偽ドルと、アメリカのドルと、
どこが違うか疑問を持っていたが、その極めつけがプライムローンである。
まずは、その部分を書き写してみる。
ーー
第二章 世界はこうしてドルに騙された
非兌換紙幣であるドルの刷り散らかしはアメリカによるマネーの偽造
ーP100
「紙幣を印刷するものがが法律を制定する」少なくともまだ暫くの間はこの格言が真実として通用するだろう。
今日では、ゴールド(金貨〉は通貨としてもはや使われていない。
表面上は、ゴールドによる貿易決済もゴールドを準備貨幣とする経済体制も存在しなくなっている。
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04月15日(水)
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