ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2916,とんでもないことなんだよ!
先週の金曜日の昼、新潟駅至近にあるレストランでのこと。
隔月ぐらい入るが、パンとコーヒーが美味しい店である。
食事が終わった後でコーヒーが美味しかったので、追加料金が100円こともあり注文をした。
ところが一口飲んで噴出しそうになった。 (ぬるま湯ではなく)ホボ水に近いコーヒー。
出してくれた女性に思わず「水に近いけど、これって、とんでもないことなんだよ!」
と言ってしまった。 それより何で、水に近いコーヒーを出してしまったのか、その方が興味を持った。
コーヒーに濃い目と薄めとメニューにあったので薄めを頼んだが、湯を継ぎ足すのを水と間違ったようだ。
フロアーの女性が近くのカウンターで入れていたが。 コーヒーは本当に難しい。
一杯ずつ丁寧に出せば時間とコストがかかるし、つくり置きは直ぐに劣化する。
当方もUCCから自動マシーンを入れてから、客の苦情の心配が無くなった。
私の知人がコーヒーの専門店を開いた時のこと。 広告代理店の営業担当で20年以上の付き合いがあった人である。
会社の副支配人が同行したが、彼は元コックなど料理関係のプロ。 帰りの車で彼いわく、
「あの人は素人の域を出てない。コーヒー専門店にかかわらず、他の客が来た時に
駐車場の案内のために場を外した。それも一番、微妙なタイミングに。
あの時は、コーヒーを出した後に自分が車を持っていくべきだ」という。
なるほど、奥行きが深い世界である。 事務所の前のコーヒー専門店にランチを週一ぐらい行くが、
2〜3回、ぬるめのコーヒーを出したことがあった。客は、普段の美味しいコーヒーより、それを憶えているもの。
私が新潟で、この事業をしようと思い立った時に、オークラホテルに人材派遣をしている会社の二代目専務を紹介された。
オークラに訪ねて会って話していると、のっけからド素人がと小ばかにした態度。
それはそれで、仕方がないが、一つだけ驚いたことがあった。
2Fのレストランでコーヒーを飲んだが、少しヌルイコーヒーだった。
ところが、コーヒーを出した担当を呼び出して大声で叱咤したのには驚いた。
「こんなコーヒーを出しているのか」と。
今から考えると、素人がホテルを立ち上げることなど無謀と間接的に教えてくれたのである。
当初は、宿泊より飲食部門に全エネルギーが入ってしまった。
当時は、飲食部門をホテルの「村の鎮守様」に位置づけていた。 守り本尊である。
レストランでは、コーヒーが命である。だから思わず「とんでもないことだよ」と言ってしまったのである。
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2552, アランの幸福論
2008年03月30日(日)
「幸福論」は、古典的に読み継がれているのが、ヒルティ、ラッセル、そしてアランがある。
この3つは世界の三大幸福論と言われている。
アランは、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者。
1906年のはじめ、アランは地方紙に、毎日原稿用紙2枚程度の短い文章を書きつづけ、
このコラムは「あるノルマンディー人のプロポ」という見出しで、第一次大戦が勃発する
1914年までにこうしたプロポを3078編、さらに大戦後に約2000編を新聞や雑誌に書けた。
健全な身体によって心の平静を得ることを強調。全の不運やつまらぬ物事に対して上機嫌にふるまうこと。
また社会的礼節の重要性を説く。
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「幸福であることは他人に対する義務である」
「私たちが自分を愛してくれる人のためになしうる最善のことは、自分が幸福になることである」
「望んでいることはすべて、人を待っている山と同じ。自らよじ登っていかなければならないのだ」
「上機嫌療法を行うと、物事を気持ちの良いシャワーのように受け流し、
筋肉をのばししなやかにし、食欲がすすみ、気分がさばさばして、生命が元気づく。」
「もし道徳論を書かねばならなくなったら、私は、上機嫌を第一位におくだろう」
「新年の贈りもので私がお勧めしたいのが、上機嫌である。これこそ、贈ったり、
貰ったりすべきものだろう。何よりもまず贈り主を豊かにする真の礼儀である。 これこそ、
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03月30日(月)
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