ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2894,厭世的時勢に、楽天であること
 「厭世」とは、まず自己を厭うがゆえに世界を厭う心の習性をいう。
「楽天」とは、幼児の頃から両親を初め周囲から愛され、それ故に自分を愛する心の習性をいう。
人生を振り返ると、悲しいこと、苦しいこと、不安、恐怖心など、多くの精神的苦痛があったが、
なぜノイローゼや自殺に追い込まれなかったかというと、それ以上に楽しいこと、面白いこと、
明るい展望があったからである。 いや、それを見守ってくれる家族・友人があったからである。
そのもとは幼児体験、そう両親の絶対的な愛情が基本。楽天性は、まずは親子関係の中でジックリと育てられる。
基本的に親は子どもに絶対的な愛情を降り注がなければならない。しかし家庭内にも色いろの事情がある。
幼児期に親父が事業に失敗してしまったり、両親の不仲もある。 最近では離婚確率が家庭内離婚を含めると過半数。
その中で自分を楽天的性格にするためには、教養を自ら積むしかない。

 最近になって「楽天は意思」とつくづく思う。人間は誰でも心の底は楽天でないと生きていけない。
「自分だけは大丈夫!」と思っているからこそ、エネルギーが、生命力が、発露してくるのである。
いずれにしても、誰もが直ぐに死んでしまうのだから、生きている間は、面白可笑しく生きること。
ただし、将来の見通しだけはシッカリと立てた上だが。 だから楽天には長期的な生存確保が前提になる。
毎日、安心して日々を過ごせる生活力があり、時代の変化に堪えられる力を持ち、それ故に互いの信頼を
維持できることが基本になくてはならない。その前提がないと心が不安定になり、厭世家になるのである。
楽天家過ぎてホームレスになった人はいても、楽天的なホームレスは、ごく一部を除けばいない。

 このブログをみていると悲観論者と思われるかも知れないが、振り返ると楽観主義者である。
その場その場を何とか切り抜けてきたが、「最後は命までは失わないだろう」という開きなおりがあった。
問題に対して「正中心一点無」と、中心点に気持ちを集中するように勤めてはきたが・・・
それを心がけていると一時的にマイナスになっても、何時の間にかプラスに転換している。
「ベストを尽くして駄目なら仕方がないじゃないかい、皆の衆」の心である。 
再び書くが、幼児期の親の絶対的なシャワーのような愛情こそ、人間のエネルギーの溜池である。
その溜池が無い人は分からないだろうが、有る方は無い人を直ぐに見抜いてしまう。
 親を見ろ、特に母親を。 家庭を持ったら連れ合いを見ろ。 次は、子供を見ろ。 ほぼ見える!
愛情が満ちているかどうか、品性が備わっているかどうか、その部分だけを見れば良い。
 言えた(品)柄でもないが・・
最悪を想定して、その時の備えを常に整えていること。 それを受け入れる心の想定をしておくこと。
これが、「厭世的時勢に、楽天であること」の結論。「悲観の線路の上を楽観という電車で走ること」  
地道に生きていれば、何があっても、何とことはない? そうもいかないのが人生だから辛いところだが。

・・・・・・・・・・・
2530, 千年働いてきました ー2
2008年03月08日(土)
                    ー読書日記
第四章の 日本版バイオテクノロジーの発明
 の「売り手、よし買い手、よし羊よし」が面白い。
  その要約とは・・・
 ーー
ベルトコンベアーに送られる前、羊たちは一匹ずつ仰向けにされ、脚の付け根あたりに注射をされる。
オムツ代わりに付けられるのが、テニスのネットみたいな白い網で包まれて、その後に放牧される。
それからひと月ほどして、ネット羊たちはまた作業場に舞い戻ってくる。
そのネットをオーストラリア人の作業員が二人がかりで外してみたら、すっぽんぽんの羊が姿を現す。
羊の形をしたウールのコートが、つるりと出てきたようなものである。SFチックである。
「羊の毛刈り」という重労働を劇的に軽減することに成功した企業の名は「ヒゲタ醤油」。
創業390年という醤油製造業の老舗中の老舗が、伝統的な「醗酵技術」を応用したものだった。

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03月08日(日)
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