ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2765, こころと脳の対話 −1
「 こころと脳の対話 」
       河合隼雄 茂木健一郎 著  (潮出版社 )             
ー概要ー
  月刊誌上の3度の対談を再構成した本である。
  脳科学者・茂木健一郎が作る「箱庭」をユング派分析家・河合隼雄が分析。
  脳科学と心理療法は現代人の苦悩を救えるなどを議論している。
第1回 こころと脳の不思議(ユングは人間の何を見ようとしたか
   ;学生時代の箱庭体験;安易に「言語化」することの怖さ ほか);
第2回 箱庭と夢と無意識(箱庭のなかの「生」と「死」
   ;「わからない」ことを大事にする;ニワトリが牛耳る不思議な世界 ほか);
第3回 「魂」を救う対話(脳治療の倫理的課題;脳科学に限界はあるか
   ;夢のなかで「意味」がつながるとき ほか)
  −−
 
 まずは第一回「こころと脳の不思議」の《夢の意味を自分で考えてみる》から・・ 箱庭の解釈が印象的である。
 私も時々、前夜みた夢を雑記帳に書きだすが、後で読み返すと非常に面白い。
 これは箱庭の話だが、箱庭は意識と無意識の、少し意識よりの世界を表現するという。
 私の事務所の部屋の横に、秘境ツアーで買って来た小さな人形がある。
 それだけでなく、母が旅先で買ったものや、子供が小さな頃に買ったものもある。
 考えてみたら、この棚そのものが、箱庭ではないか、脈絡は有って無いような。
 母、私、そして息子の三代の小さな人形が百個位詰まっている。
 そこで時々、気の向くまま7〜8個、白い用紙の上に並べてみようかと思っている。
 そして、ジッと見ているうちに何か不思議な世界に、入り込んでしまうような気がする。
 それはそうだろう、南アフリカの喜望峰で買ったサイの像と、ケニアのマサイ族と、子供が買ってきた
 ディズニーランドのミッキーマウスなどが、白紙の上で並べば、そこに深層の何かが見えてきて当然である。
ーP・19
茂木 僕がやった箱庭は、いまでも覚えてますけれど、やっばリ砂でした。僕はそのころ、内向的というか、
  知らない人としゃべりがあまりできなくて。 あるとき、箱庭で、村でお祭りをやっていて、
  山にサルが一匹いて、木の上からそのお祭りを見ている、というのをつくったんです。
茂木 どういうことか、と聞かれたので.「僕はこのサルで、そのお祭りのなかにまでは行きたくないんだけど、でも一人で、
  こうやって楽しそうな様子を見ているのが好きなんだ」というようなことをいって。そのころの心象風景だったんですね。
河合 その、祭りを見ているサルですね。それは、客観的に祭リを観察している自分というのと、
  それから、サルで典型的なのは孫悟空ですね。将来、大活躍する可能性とか、
  あるいは仏道に入っていくような宗教性や精神性とか、そういうものを全部もっている存在として
  そこにいるんですよ。それで、いたたずらもするしね。それって、すごくおもしろいですね。
茂木  なるほど、その「サル」というところがポイントなんですね。
 ーP・23
河合 わかりやすくいうと、僕らが生きているということ自体、ものすごく無理をしているわけでしょう。
  それを無理しているだけではもたないかち、寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。
  その全体性のなかに調整する動きを、脳のなかで視覚的に把握したものが夢ではないかと、僕はそう思ってるんです.
   だから夢を見るということ自体が.ものすごい大事なことなんですね。
  それは解釈しなくてもええぐらいなんだけれど、解釈したほうがおもしろいと。
  いろいろ役にも立つし。夢をつぶしたら、だんだんおかしくなってきますね。
  だから夢というものは.生きていくために必要なものだと僕は思っているわけです。
  それは一種の調整作用みたいなもの。 だからその人にとっては、ある程度盲点みたいなことを
  見せられることが多いので、夢を見た本人にはわからない場合が多い。自分ではね。
河合 だからおもしろいんですよ。人の夢はわかるんですけれど、自分の夢はわかりにくいです、やっぱり。

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10月30日(木)
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