ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2599, 楽天主義とは
こういう先行き不安定の時、せめて気持ちは楽天的でなければせっかくの娑婆、
勿体ないではないかと思う日々である。 そこで楽天主義を フリー百科事典
 『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみた。

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楽天主義とは、optimismの訳語のひとつ。 哲学上では最善説と訳される。対義語は悲観主義。
ライプニッツの予定調和を主張する「最善説」に由来する。
ライプニッツは、現実世界は可能なすべての世界の中で、最善のものであると考えた。
かれはまず想定可能なすべての世界を考える。 
しかし、このうち、内部に論理的な矛盾を孕む世界はそもそも現実化可能ではない。
そこで、この共可能的な事象の組み合わせからなる複数の可能な世界のうち、
どのような世界が(神によって)実現されたかが問題となる。
そこで、かれは、神は定義に善なるものであることが含まれているのだから、
選択された世界は最善であったはずだ、と主張した。
 ヴォルテールはこの最善説を揶揄批判したが、
ライプニッツは、現実世界が、すばらしい場所である、またはすばらしいことが起きる傾向がある、
ということを述べているのではなく、「現実は起こりうることの中では一番マシである」と主張しているのである。
ひとが想定するよりよい世界は、人間の限定された知性と知識では認識できない、何らかのそれを補う悪や、
あるいは、現実化を阻む論理的な自己矛盾を持っているのだ、ということである。
ただし、この最善たる「現実の世界」は「現在」とイコールではないため、進歩や改良の可能性が
否定されているわけではない。 したがって、むしろ、起きたことは必然であった、というような納得と近い。
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 なかなか、ライプニッツの最善説は、説得力がある。
「神は定義に全なるものを含んでいるから、その神が選択された世界は最善であったはず」という主張はよい。
 ものごとをどう解釈するかで殆どが決まるのだから、世界は最善と信じて疑わなければ、それはそれでよい。
 ただ落語に出てくる怠け者の与太郎の楽観ではなく、最善をつくしてひた向きに努力をすればこそ、
 悪いことも試練になる。 最善を尽くして天命を待つのが楽天である。 
 過去を振り返ってみると、不安で眠れない日が続いても、結局は何とかなった。
 寝れない夜に、あれこれ考えて練っていたからこそ、何とかなったのである。
 私のギリギリの時の内語は、
「最善を尽くしてのだから何んとかなる、その結果に対しては、その時に再び最善を尽くせばよい」である。
 楽観とは、「今日は、昨日より良くなる、明日は今日より良くなる」という気持ち。
 同じ境遇で、片方はどんどん良くなり、片方は全く不幸な人生を生きることになるのは、楽観的に考えて、
 問題解決の核心に向かって努力をするかどうかの差である。 
 鼻歌を歌いながらスキップをして目的地に向かうことである。 

・・・・・・・・・
2007年05月16日(水)
2234, 国民投票法成立で思うこと!

           (o゚▽゚)o オハョ〜
    国民投票法が成立をしたが、遅いくらいである。グローバル化の時代には、
    益々軍隊の必要性が増えるし、原爆保有を検討しなければならない時期になった。
    当たり前のことが当たり前で通らないのが、この国家?の憐れなところ。
    北朝鮮が原爆を持ってテポドンで恐喝してきた時、一番簡単なのは同じ原爆を
    持つしかないのは至極当然のこと?被爆国として核絶対反対!とは言ってはいられない。

アメリカに民間人の町に原爆を投下されて数十万人殺されているのである。
アメリカは何らかの形で復讐をされまいかと恐れるから、日本に去勢憲法を成立させたのは自明のこと。
原爆を持たない限り、この国は独立、自立はできないと考えるのは当然。
原爆を持つことは何か極右的ようだが、そうではない。それだけの資産と債権をアメリカなどから買わされていれば、
それを守る為に、それ相応の軍事力を持つのが国家というもの。現憲法を世界遺産に? お笑いもいいところである。 

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05月16日(金)
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