ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2488, iMacの感想!
○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪
Mac製品の売り場を何度か通って、何時かは使ってみたいが何か壁があった。
それは外国メーカーと、少数派の壁だったろうか、
それとも周囲に一人も使っている人がいなかったため?だったのだろうか。
しかし、今度思い切って買ってみた。
iMacというWindows兼用可能の製品で、オールインワン型である。
買ってみて初めて分かったことは初心者に優しいということである。
まだ合計でも数時間しか使って(いや、触って)ないが、
それでもWindowsより使いやすいことは分かった。
Windowsは、あらゆるメーカーのパソコンにのせるため、
メーカーの方に顔を向けざるをえないのである。
ソフトとハード一体型開発の大手は、考えてみたらアップルしかない。
それを強みにして消費者に(特に初心者)にとって使いやすい開発に特化してある。
ところで、なぜマイクロソフトにシェアをおさえられたのか?
多くのパソコンのメーカーが、それぞれ特化しながら売り込みを図るからである。
更にマイクロソフトのナンバーワンの強みに、ソフトのシェアが
Windowsで占めている事情がある。
一般企業や大衆はMacに魅力を感じながら躊躇するのである。
ところが私のような、ブログとHPとインターネットと、写真管理ぐらいしか
必要としない大多数が、Windows vista の不評をキッカケにMacに関心を向け
はじめつつある?ようだ。
会社の事務所のMacはWindows Vistaと兼用のものだが、
ソフトを多く必要としなければ、Mac専用の方が、その良さを引き出せるのでは!
という見方もある。 あと一〜二週間後に結論を出すが、その方が面白そうか?
それも時間が経ってみないと分からないのか?
自宅は、少し様子をみてからMacを入れるつもりである。
恐らく、一年後、いや数ヵ月後は、Macの熱狂的なファンになるだろう?
まあ単純なものだが・・・
それにしても、現在使っているノート型のパソコンと、この薄型のデスクトップ型と、
これほど違うのには驚きである。ブラウン管とデジタルTVの差の違いと同じである。
ブログにしても、このMacにしても、進化はとどまることはない。
(。´_`)ノ ホナ!
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2007年01月26日(金)
2124, 死んだ人に、もう会えない?
おはようございます!
義母が昨年の12月01日に亡くなって、もう49日以上が過ぎ去った。
家内を慰める言葉として、哲学者のエピクロスの
「<われわれ>が生きているとき、死はそこになく、死がそこにあるとき、
<われわれ>は生きてはいない。だから死はわれわれに何のかかわりもない・・」
の意味を説明し、補足として、
「一人称の本人の死は存在しないし、三人称の死は他人ごとでしかない。
二人称の死も実際のところ本人じゃない。死に慌てている、そして死に対し
無知な自分がいるだけ。死はあくまでも他人の昇天と周囲の悲しみを見て感じ
つくりあげた観念でしかない。実際は死んではいない」といったところ、
家内「でも、会うことがもう出来ないじゃないか」と素直な気持ちを吐露した。
それに対し、スラスラ出た言葉が、「でも、それはこれからのこと。
唯心論じゃないけれど、思い出の中で会える。 自分の大部分は過去で出来ているし、
過去は都合の良いように変えることも出来るが、 間違いなく存在していた。
その存在こそ絶対であるし、消すことも無くなることもない。
もし死んだとしても、実は死んではいないし、もう会えないということより、
母親その人と会えたことの方が奇跡だし、その方を考えた方が良い。
悲しいのは解るが、死とは何かじっくり見つめ学ぶ機会と考えた方が良いんじゃないか」
悟ったような答えであったが、考えてみたら哲学者の池田晶子の言葉のうけ売りの言葉。
しかしスラスラと出たのは事実。
『死』は人生の最大の関心事である。
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01月26日(土)
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