ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2477, 62歳の誕生日に
     YΘ!!。  _゜ヽ(*´∀`)ノ
  今日で62歳になった。
  この随想日記に誕生日の感想を書いていたが、
  そのこと自体を全く忘れている。だから読み返すと面白い。
  5年続けて、自分の誕生日の実感を気持ちを込めて書いてあった。
  さらに、39年前の誕生日の日記も書いてあった。(後記してある)
  こころから誕生日に祝ってくれる人はいない?ので、
  せめて自分に対して、実感としての言葉を残すしかない?
  いまさら誕生日もないが・・所詮、それも言葉でしかない。
  年越しに全員でするのだから、誕生日を敢えてすることはない!
  というのが、日本の昔からの習慣だから、あまり誕生日に祝うことはなかった。
  現在も、それはあまり変わってないようである。

私は、両親の42歳と38歳の時に誕生したこともあり、二人の晩年の峠を一緒に過ごした。
その経験から、同じ峠にさしかかった現在、擬似体験をしているような気持ちになる。
熟年は過ごし方によっては、これほど面白い時期はないのである。
親鸞ではないが、この峠の道が同行二人、いや同行三人という気持ちになる。
私の場合は仏様と同行というより、心の中の両親である。

  熟年は過去を抱えながら、だんだん峠が高く険しく空気が希薄になっていく。
  何故?空気が希薄になるのかを自問自答しながら自分の過去と向かい会う。
  そして己と同じ年齢の両親の当時の姿が生々しく目に浮かぶ。
  峠が高くなるにつれ視界は大きく開け遠景が広ろがる。それもこれも、
  宇宙の彼方からみれば、この62年の経験は、砂?塵?原子?でしかないが。

その時々に、その時々の気持ちを書き残した痕跡は、自分の宝物になる。
全く同じ言葉でも、その時のメルクマールになるのである。
要するに時間が縦として記録されているのである。それが如何した?というが、
それが如何もしようがしまいが、良いのである。
人生は生きていくだけで大事業である。どんな大事業より価値がある。
その当たり前のことが、解らないから平気で道を誤ってしまうのである。

  今日は毎月の飲み会! 外で飲む理由がたつので、丁度良い?
  歳月、人を待たず! か〜。 ただ、一日一日は充実をしている。
                    (σ・з・)σホンジャ!
ーーーーーーー
2007年01月15日(月)
2113, あ〜もう、誕生日か〜                  ●        
        61歳ですか  お陰さまで ○‖=‖_有難うございます!
                      (; ̄ー ̄A アセアセ・・・
例年、誕生日にほぼ、誕生日の実感を書いていた。
それを忘れていて、前の同日分を貼り付けようとして思い出し急遽、
これを書き出した次第である。
それにしても過去分の「誕生の実感」を読み返してみるのも楽しいものだ。
他人の誕生日は『ああそうか!』ぐらいしか思わないが、自分は感慨が深い?
読み返すと、それがよく解る。

   61歳?自分が自分でないような,認めたくないというより信じられないのが実感だ。
   この歳には、もっと老成していると思いきや、とんでもない!
   気持ちがドンドン若くなっていくのだ。それに加え、脳がアップスケールしていく。
   この随想日記を書き続けていることと、ネットサーフィンの効果もある。

それと、数年前から人や社会の見方が根底から変わってきた。
情報の質・量が圧倒的に増えて、脳の基幹が変わったこともあるが、
人生の競馬でいう直線コーナーに入ったこともある。コペルニクス的な大転換である。
元々、世間・社会の価値を根こそぎ疑っていたが、それが更に転換した。

   人間の見方を例にとると、人間の品性をまず見るようになった。
   「国家の品格」という本がベストセラーになったが、
   人間の品位が年齢を重ねると、ますます見えるようになったきた。

そこで自分は品位はあるのだろうか?不安になってきた。

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01月15日(火)
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