ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2327, ベナレス −2
            。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。)

インドは強烈な印象の国であった。
帰路の飛行場に着いたとき、本当のところホッとした。
聞きしに勝るインドという国の文化に、良きにつけ、悪きにつけショックであった。
ヒンズー教とカースト制度、貧しさと豊かさ、タージ・マハールなどの霊廟や城、
ガンジス川とベナレス、そして古代から現代までが入り混じった社会。
日本の日常とは全てちがっていた。

その中でもべナレスの街とガンジス川の沐浴と、舟からみた二ヶ所の火葬場。
そしてガンジス川からみた日の出。ガンジスの火葬場周辺にいる修行僧の顔と眼。
そして我が物顔で歩いている牛。そしてライ病の集団の物乞い。幼女の乞食。

この本ではベナレスの「死を待つ館」の数家族がありのままを映しだしている。
生も死、貧しさも豊かさ、差別も、その全てがリアルにそのまま露出されている。
それが日本とは対照的なのである。
人生の折り返し地点を越えベナレスに引っ越してきた老夫婦や、
老齢になったことで自らべナレスの僧院などにやってきた人びとなど、
死期を間近に感じる前に移り住む人もいる。

この街は「死を受け入れる街」として永年をかけて奥行きを広げ、深さを増している。
インド各地から運ばれてくる死体は多い時で100体になる。
また家族や、死者の灰をガンジスに流すために訪れる人も毎日数千人もいる。
なかには郵便で灰が送られてくるケースさえあるという。
ここは死者の為の街であり、その準備の為の街である。

ここの「死を待つ館」の人に、「死ぬのは恐くないですか」と聞いても、
「どうして怖いことがあるのか。ここは寺院もあり、ガンジス川もある。
この街が私を呼んだのだ」と答えて、平然としている。
彼らにとって、ここでの死は誇らしいものであり、ここに連れてこられること、
その家族にとっては、連れてくることが喜びなのである。
 死が喜びとは!素晴らしいではないか!
                     ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・
2006年08月17日(木)
1962, 「事業百訓」を読み直してみて
  おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ ねむ!

二十五年前から書いてきた社内報の事業百訓を、
明日から十数回のシリーズで振り返ってみる。

    このHPのコーナーにあるものだが、書いた私自身、
    この数年殆んど読み返してない。
    丁度良い機会なので、纏めつつ回顧しながら読んでみる。
    必死に書いたのだろうが、まあ真面目なものだ。
    「そのわりには現在の貴様は何じゃい!」と赤面してしまう。

読みかえしていると、大きな変化がわかる。特に50歳前後が大きな転換期のようだ。
母を見送り、下の子供も大学に入学。 事業も、目標の500室を新潟駅前で完成。
さて、これから如何生きようか?と、深く考えていた時である。
    
    そして、出した結論は、
  『60歳過ぎの人生を全て(30数年)を、10年間の50代で生きてしまおう!』
   である。実際にそれが出来たかどうか疑問だが、その時に結論を出して、
   色濃く?生きてきたのは事実である。
                (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
その時期の文章は、どれも気持ちの入ったものが多い。
それまではインプットした内容を列挙したものが多かったが、
その時期から自分の気持ち・経験等のアウトプットのものが多くなっている。
また、外に向かっていたエネルギーが、内面に転換したことが、
読み返してみると解る。面白いものだ。

    哲学的になったことと、文章化の面白さに目覚めたようだ。
    この数年後にHPを開いたのは、この時期と、それまでの貯めが原動力だった。
    それと事業百訓から、人生百訓に何時の間にか転換していた。
    
5年前の、このHPの開設も大きな転換期であった。
それも含め、5年ごとに大きな内面の転換がみてとれる。

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08月17日(金)
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