ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2205, 反時代的毒虫 −2
  才八∋ウ_〆(∀`●)
             ー読書日記ー
   「反時代的毒虫」の中の
ー白洲正子との対談『人の悲しみと言葉の命』ーから

     車谷が『四十八瀧心中未遂』で直木賞をとったあとの
    「文学界」で白洲正子との対談である。
     白洲をして、恐ろしい、こわい、と言わしめるのだから、
       驚きである!
−−
白洲 「私、十何年も前に見っけたんだからね」
車谷 「白洲先生からいただいたその手紙をここに持ってまいりました。
 『新潮』に発表した『吃りの父が歌った軍歌』を先生が読んで、手紙を下さった。」
白洲 「いや、恥ずかしい。そんなもの、持っていらっしゃらなくてよいのに。」
車谷 「私が板前ををやめてセゾンに勤めていたころです。
   消印を見ると昭和62年12月です。」・・・(中略)

    車谷 「20年間、文章を書いてきてファンレターなるものをいただいたのは、
     一度だけです。それが白洲先生からだから、びっくり仰天です。」
    白洲 「冗談じゃないわよ。なにしろあなたの文章じゃ、
     誰も手紙なんか出せないわよ。私は思い切ってだしたけど」
    車谷 「お手紙の中で、『車谷さんの文章は生きている』と書いてありました。
     『生きている』というところに傍線を引いて、何回も読みました。
      のちに先生にお目にかかったとき、『おそろしい』と言っていただいたことを
      覚えています。『こわい』とかね。
    白洲 「ほんとうにこわい。今だってこわい。」・・・・(中略)

車谷 「私が25歳のときに小説を読むきっかけは、
 永井龍男の『青梅雨』という短編を読んだ時でした。
 ぼくは名文だなと思った、よけいな言葉が一つもなくて。
 それで、一生に一度でよいからこういう名文を書きたいとおもったのが、
 ぼくが小説を書く動機だったので、、文章がダメな人は、
 文学者としてダメだと思うんですよね。」、
白洲 「あたりまえじゃないの」。 ・・・・
 
    車谷 「若いときから西行に憧れて出家したいと思ってたんです。
     とにかく一生の間に一冊作品集を出して、それで出家しようと。
     47歳のとき「しお壷の匙」という作品集が出まして、これでもう
     出家しようとしたら、高橋順子というのがあらわれて、結婚するはめになって。」
     ・・・・(中略)
    白洲 「あなた、お辞儀ばっかりしているようなときがあるわね」・・・(中略)

    車谷 「白洲先生は鬼になって書いていらっしゃる」
    白洲 「私は般若です」
    
ーーー
解)遜った車谷の態度が気になるが、白洲の前ではこんなものか。
文学の世界では、白洲正子のブランドは絶大なのだろうが。
最後の車谷が白洲に対して、鬼になって書いてる!に対して、
私は般若です!というところがよい。
般若の面は差別に対する、究極の怒りと嫉妬の表情というが。
それと知恵もあるが・・・
 
 また、次の部分も良い。
車谷「20年間、文章を書いてきてファンレターなるものをいただいたのは、
 一度だけです。それが白洲先生からだから、びっくり仰天です。」
白洲「冗談じゃないわよ。なにしろあなたの文章じゃ、
 誰も手紙なんか出せないわよ。私は思い切ってだしたけど」 

白洲をして、そこまで言わしめるのだから、   
車谷の「しお壷の匙」を読むことにした。                 
                    ホンジャ、バアアイ
                   ♪♪((((*`・´))ノ
・・・・・・・・
2006年04月17日(月)
1840, ジャンケン
    オハ (´・ω・`)(ω・`)!(´・ω・`)! ヨ〜 

「ジャンケン」について書いてある資料は殆んどない。
HPを調べても勝ち方の極意が書いてあるだけだ。
その中で、それぞれのだす確率があった。

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04月17日(火)
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