ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2130, 葬式よもやま話 −1
  おはようございます!
   
     葬式の「葬」の字は、草冠りの草の字に「死」の字が挟まれている。
    以前は「野辺の送り」といって、草の上に遺体を横たえて花を飾ったのが、
    葬式の原点といわれていた。
    今では棺の中のご遺体に花を入れて飾る儀礼が葬式のハイライトになっている。
    750年前までは葬式の習慣はなく、無造作に捨てていたという。
    鎌倉幕府が「親の遺体を道ばたに捨てないように」と、
    触れを出しても誰もまもろうとしなかった。
    そこで法然・親鸞・道元などが、親孝行の実践として推奨したのが
    葬式の始まりであった。
    中国の奥地で、今も捨て場に放置する習慣が残っている。
    たまたま、その映像を見たことがあった。
    それも以前TVに出てレポーターと親しく話していた人の遺体が、
    凍り付いまま捨てられいる生々しいものを。

ある調査によると、お葬式にかかる費用の平均は240万円。
しかも内訳を見ると100万円以下から600万円までバラバラ。
葬式はほとんど業者主導で、客は業者の言いなりになりの契約で、
一般の人たちの無知を利用した法外な費用を巻き上げるのが常識の世界。
更に「集り葬式坊主」が法外な金銭を請求するシステムが厳然と存在していて、
死のドサクサを利用した集金システムができている。
750年に渡って坊主の特権を利用して悪さをしてきたシステムが露見してきている。
至近距離で目の当たりにみている「あれ等」も、情報社会のため急激に
その正体が露見されている。

    ところで先日、一日違いで母方の叔母(90歳)と従兄弟(96歳)が亡くなった。
    葬式と通夜が重なったケースは、今回始めてである。
    90歳過ぎての葬式は、天寿を全うしたという諦めがあり、暗くなかったが、
    やはり肉親にとって両親の死は悲しくないわけがない。
    
    最近、葬式に参列しても以前とは違う気持ちになった。
    「ご苦労様、おめでとうございます!」という気持ちである。
    実際そうなのだから、当たり前のことを何故誰も知らないのだろう。    
    葬式は残されたものが亡くなった人を世間に認知させる儀式であり、
    また故人の近親者が気持ちをこめて見送る愛のカタチである。
    
葬式ほど皮肉なものはない。
20〜30人位の参列の小規模の葬式ほど、気持ちが入っていて、
これこそが真実の葬式!という気持ちになる。
大きな葬式も気持ちが入っているものも時に見られるが
外れ!の場合が多いのは如何いうことだろうか?

   当事者の気持ちもあろうが・・・
                     (⌒▽⌒)/"”さいなら!
           − つづく
 ・・・・・・・・・
 2006年02月01日(水) 1765, 移民漂流
        (*´・ω・)ノはよー

1月29日(日)のNHKの総合(後9・00〜9・52)の
第2回 「移民漂流 10日間の記憶」が考えさせられた。
少子化の問題は、日本だけかと思っていたが、
欧州・イスラエルなど先進国で大問題になっている。

     特に、知的労働者の数が圧倒的に少ない半面、
     未開発国の肉体労働者が圧倒的に多いのが現実。
     世界で年間、何と2億人が移住しているという。
     30人に1人の割合である。

このドキュメントのダイジェストを
NHKのHPよりコピーしてみる。    ∵ゞ(>д<)ハックシュン!(
 ーー
今回は、エチオピア、イスラエル、ドイツなど、
三地点の問題を炙りだしていた。
国家の戦略と留まるところを知らない移民願望潮流の現場を追い、
揺らぐ国家像と人々の新しい生き方を探る。
 
     エチオピアの北部から首都に向かうバスに82人の農民たちが乗り込んでいた。
     豊かな国、イスラエルへの移住を熱望する人々だ。

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02月01日(木)
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