ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397222hit]
■2045, あたりまえなことばかり −2
(。^0^。)オッ
(*^○^*)ハ〜
ー 読書日記
この本の面白そうな項目から取りあげてみると、
「考えるとはどういうことか」になる。
「考える」とは、実際のところなんだろうか?
言葉の羅列?それとも、思いつき?、
それともそれらを対比し、その差異と同定をしながら掘り下げること?
まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。
我慢して最後まで読んでください。 それも何度も!!
当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、
自分の感覚を呼び戻すためにも・・
ーー
U 考えるとはどういうことか ー@ー
*私が日がな何を考えているかといえば、
考え始めたはじまりにまで遡ってみると、一言で言えば人生についてです。
人生というと一言で敢えて具体的にいえば「生まれてきて、死ぬことです」
あるいは「誰もが自分である」ということです。
この当たり前のことが、不思議ではないですか?
そんなのは当たり前といいますが、本当に当たり前と言われるが、
それでは如何いうことか、解るのですか?
生きることも、死ぬことも誰も知らないのに、
どういうわけか皆知ったふりをして、毎日を生きているわけです。
*キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。
あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。
ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を
忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。
キリストだって分りませんよ、そんなこと。ところが自分がわからないといことを
忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
*どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、
一言「驚け!」です。驚くしかない、驚けばそこから必ず考え始める。
なぜなら、知りたいからです。アリストレスも最初から言っている。
哲学は驚きから始まるうる、と。
驚きの無いところから、知りたいという動きは始まらない。
考えることで、誤解されていることは、何かを悩むことだと思われているが、
これは正反対のことです。考えることは、決して悩むことではありません。
きちっと考えてないので、ぐずぐず悩むのです。
そもそも考えることの始まりは、自分があることや生命の不思議を知りたい
ということであって、それをどうこうしたいということではありません。
考えてわかったところで何も変わりません。
自分が生きて死ぬことも、自分が自分であることも何も変わっていません。
だから考えてどうなるかと言われても、どうにもならないということです。
けれども、
ひとつ決定的に違うことがあります。
{自分が生きて死ぬということがどういうことか、ということがハッキリ
自覚できるということです。
この日常の不思議さを自覚しながら生きるということは、納得と確信を
手に入れることができるのです。そうすると、生きる姿勢が全く変わります。
当たり前の日常を自覚的に生きるのとそうでないのとでは、
全く構えが逆になります。つまり、強く生きられる。そのことが、
考えて何の得になるのかと問われれば、あえて得の部分だという答えです
無用の用という言い方における、用ですね。}
ーー
「考えるとはどういうことか 」の抜粋は次回も続くが、
字数の関係上、まずは以上のことから考察してみよう
「日常の当たり前のこと、すなわち生死など人生のことや、
宇宙の不思議さを自覚しながら生きると、納得と確信を手に入れることができる。
[5]続きを読む
11月08日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る