ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2044, 読書週間に読書習慣を考える
(+>∀<+)ノ
おぁはは〜ようさん!
先週は、「読書週間」で読書について幾つかの新聞で特集を組んでいた。
驚いたのは、「この一ヶ月間で何冊本を読んだか?」の質問で、
一冊も読んでない人が半数近くもいたことだ。(雑誌を除く)
・男女はほぼ同じ、女性が50l、男性が48lであった。
読まなかった人は、この10年間はほぼ変わらなかった。
・20年前に比べると20代では、20年前(22l)に比べると、
二倍以上も増えていることだ。
娯楽が本以外のメディアなどに多様化したことが原因である。
・これに対して、30〜60歳代では「読まなかった」人の割合が減少。
とりわけ前年調査より50歳代、60歳代では6〜10lも減っている。
・読む理由として、面白いからが38l、知識や教養を高めるためが36l、
趣味を生かすためが24lの順だった。
・本を選ぶきっかけは、「ベルトセラーなどの話題」が27lで一位、
「新聞・雑誌などの広告をみて」が26l、「新聞の書評を見て」が24l、
「周囲の人の話を聞いて」が22lという。
・好きな作家は、司馬遼太郎、赤川次郎、宮部みゆき、村上春樹とつづく。
−−
−以上が、読売新聞の世論調査の内容である。
もう少し読んでいるのではないかと思っていたが、案外であった。
大学卒業近くになって「読書の絶対量の不足」に気がついて、
社会に出てからは二時間は読書の時間を取ることを自分に課してきた。
40年近くなるが、平均読書時間は2〜3時間は維持してきた。
大学時代を入れると40年間×365×2〜3≒3〜4万時間は
読書をしてきたことになるが、それにしては教養の浅さは何たることか?
(ー'`ー;)
当時、色いろの大學や、地域の人のいる寮や、大學のゼミの中では
「この程度のことを知らないのか?」という雰囲気があった。
今から考えてみれば、それぞれが知っていることを披瀝しているだけで、
それほどの教養は無かったのでは?と思うが、
当時は知的コンプレックスの塊そのものであったため、そのまま受けとめていた。
それが、大學の最大の収穫といえば収穫であった。
読書は、その知的コンプレックスを小さくしてくれる道であった。
社会に出てからジックリと読んでいない人は、直にわかるから恐ろしい。
それも殆ど読んでない人は、会話(対話ではない)が成立しない。
「勉強会と称する会合?」で、一人白けてしまうことが何度かあった。
テーマが解れば、1時間もインターネットの検索で調べた内容が、
議論の余地を残さない位の情報を得ることができる。
インターネットの検索は、質量とも膨大な情報を与えてくれる。
それも質の高い順に並んでいるから・・・・ m(。^_^。)m
反面、どこかの旅行で最下位に位置して、
独り呆然としていることも度々である。 ┗(・o・)┛ナハ┗(・o・)┛ナハ
対比しないことだが
上を見れば限がない、下を見れば底がない、
横を見れば情けない!(どっちが?) (* ̄0 ̄*)
ということ!
読書の力は、「物凄い!」
(。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
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2005年11月07日(月)
1679, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−3
ー「メタモルフォーゼ」ー @
<意識の変容>
「意識の変容」といえば、夢であろう。
夢は裸の自分に出会うところである。
夢について今まで多く書いてきた。
そして、その本質について深く考えてきたと思っていたが、
この文章を読んで疑問を持ってしまった。
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11月07日(火)
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