ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2032, 「私」のための現代思想  −16


         おはよ〜!(*^ワ^*)i
                (~O~)ふぁ・・ さむい!

ー以下の部分には深く考えさせられたー

ー私たちのあらゆる行為や価値は、
《私》によって支えられるものでしかなく、
さらに《私》は<他者>によって支えられています。
そうされることで、この世界で確実なものになります。

<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生する。
また《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、
<世界>を構築していく上での基本的な要素であるという。


    ・「私」が、<他者>に「呼びかける」ことによって、
     その<他者>において、《私》の存在の引き受け」が発生。
    ・また「他者」の呼びかけに応じることは、相手を引き受けることになる。
    ・<他者>を‘もてなす’ことによって世界は広がっていく。
     人に呼びかけ、呼びかけに応じ、そして他者をもてなすこと、
     これが世界を大きくすることということだが・・


何か一番私にかけていたような気がするが、
呼びかけ、呼びかけに応じることが、私の世界を大きくするということが・・・
対象にもよるが、ライオンズ、ロータリーにでも入ることも世界を広める意味で重要?
その置かれた環境と状況の中で、それぞれの目的が自分に適うなら、
それが自分の世界として適正な選択になるということか。
他者にも色いろある。
世界の大自然も他者である。自分が関係する事物、人物すべて他者である。
情報を取るプロセスで、対象からの呼びかけに応じていくのであるから。


ーーー

第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味
                   −D
ー<世界>をつくるー

*<世界>を引き受ける者として生きる

前にも述べたが、私たちのあらゆる行為や価値は、
《私》によって支えられるものでしかなく、
さらに《私》は<他者>によって支えられています。
そうされることで、この世界で確実なものになります。
この場合の引き受けられ方には、
愛するものとして、子供として、友人だけでなく、敵として、
憎悪の対象としてなど様々です。
ここで<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生するということを
思い出してください。「私」の存在(=《私》)は、<他者>による呼びかけに
よって確実なものとなりますが、「呼びかけられた」側の「私」も、
必ず<他者>に対して呼びかけているはずです。
つまり、ここで「私」は、<他者>の存在を引き受けているということです。
こうした《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、
<世界>を構築していく上での基本的な要素です。

    その一方で、「私」を道具としてしか扱わない<他者>も存在します。
    この場合、「了解不可能な<他者>としてのあなたの存在」を引き受けない、
    というだけでなく、単に道具や装飾品や遊具としての認識しているだけの
    状態が現れます。
    出会う人がすべて、充分に《私》の存在を引き受ける<他者>となるわけでは
    ありません。存在の引き受けには強度が存在し、強弱があります。
    《私》の存在が希薄であるとき、<私>の「超越確実言明」も希薄になります。
    それは、《私》という「基盤」を失うからです。

    私たちは「共存の場」において、役割演技を行います。
    そして、役割は「相互関係秩序」によって規定されます。
    そのとき、その場にいる人たちを、その役割によってのみ認識するのではなく、
   「了解不可能な他者」として認識することが出来るかどうかが、重要になる。
    役割によってのみ認識されるとき、私たちは「主人」になり「奴隷」になるのです。
    そのいずれもが、私たちにおける「《私》の存在」を危うくします。


*信じる力

自分が遂行している<物語>が上手くいくはずだと考えるのは、

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10月26日(木)
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