ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2025, 「私」のための現代思想  −13


              オッ(*^○^*)ハ〜

個体としての、物質としての「私」は、
「存在を引き受ける者」によって《私》となり、
最初の「超越確実言明」を行うということです。

    簡単に言えばー
    「私}を認める者の存在ーを通して《私》になる。
    その一番最初は、普通は母である。
    初めの他者が母である。

両親によってタップリ愛情を注がれた子は、
初めの出会いで、その存在基盤が強固になるのである。
その基盤の上に「超越確実言明」が成立し、
《私》は強固になっていくのです。
両親の愛、特に母親の愛は《私》の基盤を決定する。

   「ごうの虎」の年に生まれた人は気が強い!という言葉を
    聞かされて育った女性が、それが「超越確実言明」になってしまえば、
    気が強くなってしまうのも当然である。
    
    代々婿取の家系での長女で、A型で、ごうの虎年生まれで、男子高校を卒業で、
    中途半端な短大卒で、両親にタップリ愛情を注がれて育った、ときた分には、
    亭主としてたまったものでない。
    
    誰の話??、何の話?? 
    強固の《私》の基盤の人の実例の話です。

 −−−

第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味
                  −A

*「共振」のエネルギー −

私たちにとって<他者>とは、私たちが<出会い>を経験したすべての人たちです。
私たちが出会い、その存在を知りえた相手は、それがたとえ直接には顔を
見たことのない人であっても、既に亡くなっている人であれ、「私」にとっての
<他者>であり、この「私」の存在を引き受ける者となりえます。
    
    出会いのあるところ、多かれ少なかれ、必ず共振が発生します。
    そして、それによって《私》にエネルギーが与えられます。
    このエネルギーは、消費されない時は、「私」の内部に滞留し、
    消費された時には、「外部への振動」となってあらわれます。
    人は、生きている限り、共振しつづける存在です。


*「私」が《私》となる瞬間 −

初めて母親の声を聞いたとき、
「私」が個体としてこの世界に生まれてきて初めて「私」=《私》は
「私は私が母の声を聞いたことを知っている」という
「超越確実言明」を行います。

    これは、言明の正しさの基礎となる「超越確実言明」
    のうちで最初に発生するのが、「私が存在する」ではなく、
   「ある他者が存在する」であることを意味しています。
    そしてこのとき同時に、《私》の存在の基盤が与えられます。
    それは、「私」が《私》になる瞬間です。

個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」です。
個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」によって
《私》となり、最初の「超越確実言明」を行うということです。

    「超越確実言明」の強度は、論理的な正しさによるものではなく、
    「《私》の存在」の強度に支えられています。
    そして「《私》の存在」の強度は、
    「<他者>による引き受け」によってその力を増していきます。

頑健な「超越確実言明」の上には、
堅牢な「論理」を構築することができます。
そのようなとき、その論理によって構築される
<言葉><価値><物語><世界>は、
頑強な「個別の正しさ」を持つことになります。


*弱い「超越確実性言明」−

逆に、<他者>によって「厚く引き受けられない」とき、
「《私》の存在」は強度を弱め、「超越確実言明」も弱いものと
なっていきます。そうすると「超越確実言明」を基盤として、
その上に<価値>や物語>をつくり上げることが難しくなってしまいます。
前に書いた、「仮面」を思い出してみてください。
仮面と、その下の顔の関係です。

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10月19日(木)
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