ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2001, 二千日の随想日記!


          おはよ〜!(*^ワ^*)i
                (~O~)ふぁ・・
                
この随想日記が昨日で2千回目になった。
母の十周忌の命日というのも何かの因縁である。
千回時の達成感ほどではないが、やはり2千回は・・・。
といって意識したのは3日前だから、千回の時ほど達成感がないのは事実。

千回時ほどの心理的な圧迫感がないが、常に黒い影?に追われている感覚は同じ。
あまり深刻に考えないで、書けることを書けばよい!と気楽に思うようにしている。
一種の気楽な喜〔苦〕業と思えばよい。

    次は三千回が目標になるが、楽しむ?しかない。
    2009年6月某日になるが、どうなることか。
    千回はきつかったが、二千回の労力は半分になった?
    楽しまなかったら、続かない。

  良寛の
      たくほどは 風がもて来る 落葉かな
    
  と同じで、習慣の流れにまかせて
    
      書くほどは 知恵(空)がもて来る 話・題(色)かな

というところか!

だいたい2〜3つ位は時間の合間に下書きを用意して、
寝る前に30分かけ一応書き上げ、当日の朝に修正をする。
朝はそれでも一時間はかける。
テーマ探しと、下書きの時間を入れると合計三時間は一文章にかける。
その三時間のプロセスは考える時間になる。
そのために毎週図書館と本屋に通ってテーマ探しをする。
アウトプットを習慣づけることによって、
インプットを図るのが目的の一つになる。

    もう一つのプラスは五年分の同月・同日の文章を読み返せること。
    未来の自分の眼に対して、好い加減な文章をかけなくなる。
    毎日読み返すことは、このようなコントロールがはたらく。
    最大の読者は未来の自分である。

書いた文章を会社に行って読み返すと、
数時間の経過後の冷徹に自分の文章を見ている自分に驚く。
自分が初めの読者であると同時に、一番の批評家になっている。
これは、書き重ねるほど鋭くなっていく。
これは読書力の強化につながっている。

             \(^▽^*)バイ!
 
   
 千回目の日記が懐かしい!
   ーーー

2003/12/30
1000, \(~o~)/千日の随想日記!


 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。
あくまで自分ひとりの記念でしかない。

 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、
また「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)
だから続いたのだろう。
自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく変った。
一日一日が本当に充実したのだ。
50人位の人に毎日読まれていると思うと、誰かに見守られているような
感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。

 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。
そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。

 ところで実感としていうと
 一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。
といってこの程度の内容であるが。

 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。

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09月25日(月)
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