ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1926, 教養について

            おっ w(゚Д゚)w ハァョ〜

先日のTV「田舎に泊まろう」という番組の中のできごと、
お笑い芸人の一人が、ある田舎の家に泊めてもらうことになった。
(この番組については、今度チャンスがあったら書いてみる。
たまたま泊まった家に14歳の少年がいた。
番組が進むうちに、その子が不登校ということが解った。
ところが、少年と打ち解けてくるうちに、
そのお笑い芸人(現役の広島大学生)が、その子に説教を始めた。

  その内容が良い。
    表現は違うかも知れないが、趣旨はこうだ。
   「学校は行かなくてはいけないよ。
    学校に行かないと、それだけで自分の選択の余地を自分で
    小さくしていることになる。
    さっき自分は何になりたいか希望がないといったね。
    これから自分で何かになりたいとか思うようになるだろう。
    その時学校に行ってないと、何かになりたいという幅が小さくなる。
    チャンと学校に行ってな、勉強をして幅はつくっておかなければ!」

その子は、何かハッとするところがあったようだ。
両親は「何をいっても聞かない!」と嘆いていたのが
嘘のように素直に聞いていた。
人生を振り返ってみると、特に中学生時代に何をしていたかで、
ほぼ決まってくる。!
大人になっても同じことがいえる。
教養は一生ついてまわるだけでなく、子供にもそのまま影響してくる。
歳を重ねると、そのことが身に沁みて解ってくる。


    そこで教養について、考えてみる。
    こういう場合、インターネットはよい。
    幾つかのHPを読むうちに教養の大枠が見えてくる。

・「教養」概念は、英語では「文化」を意味するculture、
  ドイツ語では「形成」を意味するBildungに対応している。
・ 豊かな人間性の形成のための素養としての知識・経験。
・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりであった。
  古代ギリシア人にとって教育の目的とは、
  一人一人が教養を身につけることであった。
  それは専門知識の集積ではなく、
  市民としてよりよく生きるための知恵の獲得を意味した。
・「世間」とは、建前の無教養に重なる。
  世間には、当然と思われる価値観が厳然としてある。
  しかし、概して知識のない人種のコントローラーとして
  機能している場合が多い。
  それを知るのが教養である。

    なぜ人生の後半になってから、そのことに気づくのだろう。
    何が大切で、何が大切でないかが、経験を通して見えてくるのだろう。
    見えてない人が殆んどだから始末に悪い。
    それが世間とかいうヤツだが。
    だから娑婆は面白いのだが・・・

  面白すぎる、人間というのは!
   もっとも、一番おもろいのは自分だが!!
                へ( ̄_ ̄へ)(ノ ̄_ ̄)ノ ♪
 
 私にとっての教養とは、
 「感動すること、感激すること、感謝すること、
 その響きを可能な限り大きくするための知識・経験を
 蓄積すること」
 「知ること、愛すること、創造すること、そしてそれらを楽しむこと、
 このために必要な知識・経験」
 である。
   「お前を見ていると、どうしても教養があるように思えないが・・」
    という声が、何処かから聞こえてきそうだが・・・まったく、もう。
      自分でも、そう思っているから間違いないことです。
  
            バイヾ( ̄ー ̄ヾ))))(((((ノ ̄ー ̄)ノ
・・・・・・・・
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2005年07月12日(火)
1561, わたしの酒中日記 −13

ー岐阜−1

1975年 9月末日

初めての仕入れで岐阜に来ている。
高校の二年の時に父の仕入れの鞄持ちで来たことがある。
あのときの感覚を頼りに生まれての初めての仕入れである。
まずは、東京の現金問屋街で仕入れ、その後に名古屋廻りで岐阜に入った。


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07月12日(水)
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