ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1751, あ~あ60歳−2


                   (゚Д゚*)ノ⌒【おはよう】

一昨夜も還暦の会を開いてもらった。
二次会で久々に新潟の古町のカントリーウエスタンの
「テネシー」に行ったが、不景気で息するのもやっと?
という風であった。          
                  (つд;*) (ノω=;)。。。
             (/へ\*)))

         還暦の赤いチャンチャコは着たいような、
         反面着たくないような気持ちであった。
         ところが、その店のマスターが半年前に贈られた
         赤いウエスタンのチョッキと赤いハットを
         かぶり記念写真を撮った。
         これで、その両方の気持ちをカバーしてくれた。
         還暦の行事の赤いチャンチャコと帽子をかぶったことになった。
 
 
しかしマスターの弱気には驚いてしまった。
対象のお客が定年とか不景気の為か、急激に顔を見せなくなったという。
かなり有名な店であったが、マスターの話は年金と老後の話である。


        50歳までは中年の最長老のような気持ちであったが、
        一晩で初老の一年生という気持ちになってしまった。
        (60歳から65歳が老年の移行期というが)
        誰もが人生で、それぞれの年代の峠を乗り越えていくのだろ。
        
                   
                          (´∀`σ)σ !!!
何かの本によると、人間は歳を重ねても決して枯れるのではなく
ますます生臭くなるという。その人物によるが。
周りを見て見るとあの真面目だった人が???  ( 〃'ω')σ
これから自分を見つめていけば解るだろう。
                   
                   
                  (*´Д`)ノ~~☆:.・*.
                     See.:you.:again♪


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2005年01月18日(火)
1386, 若者と携帯電話


携帯電話の進化と普及はめざましいものがある。
特に若者にとって、「何が無くても携帯電話」というほど、
必須用具になってしまった。
我われの年代から見ると羨ましい限りである。


若いときに携帯電話があったら、どんなに楽しかったことだろう。
特にTV携帯電話があったら数倍のコミニケがとれて、
多くの友人がつくれたのではないか。


反面、孤独感からくる学びが数分の一になってしまう。
が、しかしそれなりに違った孤独感がでてくるという。


「携帯電話不安症」という違った孤独感が出てくると、新聞で読んだことある。
定期的な電話が来なくなると、絶望感に陥ってしまうという。


『他人との依存が強くなり、自分が自分であるという実感が乏しくなり、
自分の中の空虚な穴に陥ってしまう』という。
考えただけでも背筋が寒くなる孤独であろう。


若いときは、孤独に向き合い、悩み、傷つき、一人七転八倒する時期でもある。
それが、寂しければ携帯の電話番号を押して呼び出して慰めあえるのだ。
ところが、その手軽さが真の心の通じ合いを疎外してしまう。
ただ友情をつなげる道具が、反対に真の友情を妨害してしまっている。


一人になって自分の中で自問自答した言葉を投げ合うプロセスからこそ、
真の友情が生まれる。
また本を読んでいても、孤独の中から生まれた著者の真実の声に共感する。


身近に携帯電話馬鹿?があまりにも多い。
こういう浅い人間関係しか経験しかしてないから、
柔な傷つきやすい人間になるのだ。


それも人生と割り切っているのだろうが、それを乗り越えた先が良い。
道具の進化は人間を誘導する。

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01月18日(水)
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