ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1197, ユングの臨死体験


臨死体験といえば、立花隆が「文芸春秋」で特集で連載をしたことがあった。
死にかけたときに生じる脳内の異常状態から見る夢か幻想と思うのだが。
ユングの書の中の「臨死体験」を読んでいるうちに、何か今までの世界観が
変わってしまった。

ユングが書いた時は、まだ宇宙衛星が地球外に出てない。
しかし、ユングが臨死体験で見てしまった宇宙からの景色と,宇宙船から飛行士が
見た景色が全く一緒だったという。
何とも不思議な気持になってしまった。

ーその部分を抜粋してみる
 −−−
1944年のはじめに、私は心筋梗塞につづいて、足を骨折するという災難にあった。
意識喪失のなかで譫妄状態になり、私はさまざまの幻像をみたが、それはちょうど
危篤に陥って、酸素吸入やカンフル注射をされているときにはじまったに違いない。 
幻像のイメージがあまりにも強烈だったので、私は死が近づいたのだと自分で
思いこんでいた。

後日、付き添っていた看護婦は、
『まるであなたは、明るい光輝に囲まれておいでのようでした』といっていたが、
彼女のつけ加えた言葉によると、そういった現象は死んで行く人たちに
何度かみかけたことだという。私は死の瀬戸際にまで近づいて、夢みているのか、
忘我の陶酔のなかにいるのかわからなかった。
とにかく途方もないことが、私の身の上に起こりはじめていたのである。  
 
 私は宇宙の高みに登っていると思っていた。
はるか下には、青い光の輝くなかに地球の浮かんでいるのがみえ、そこには紺碧の海と
諸大陸がみえていた。
脚下はるかか なたにはセイロンがあり、はるか前方はインド半島であった。
私の視野のなかに地球 全体は入らなったが、地球の球形はくっきりと浮かび、
その輪郭は素晴らしい青光に 照らしだされて、銀色の光に輝いていた。
地球の大部分は着色されており、ところど ころ燻銀のような濃緑の斑点をつけていた。
(中略)
 
 どれほどの高度に達すると、このように展望できるのか、あとになってわかった。 
それは、驚いたことに、ほぼ1500キロメートルの高さである。
この高度からみた地球の眺めは、私が今までにみた光景のなかで、もっとも
美しいものであった。

 ーこのときユングが見た地球の姿の記述は、立花隆も指摘するようにアポロが
撮った地球の写真の姿と合っている。
それをユングはアポロ宇宙船よりも以前、それどころかガガーリン以前に書いているー

しばらくその美しい地球を眺めたあと、自分の家ほどもある大きな隕石
のような黒い石塊が宇宙空間をただよっているのを発見する。
その石の中央には入口があり、その中はヒンドゥー教の礼拝堂になっていた。
その中に入っていった。  

 私が岩の入り口に通じる階段へ近づいたときに、不思議なことが起こった。
つまり、私はすべてが脱落していくのを感じた。私が目標としたもののすべて、
希望したもの、思考したもののすべて、また地上に存在するすべてのものが、
走馬灯の絵のように私から消え去り、離脱していった。
この過程はきわめて苦痛であった。
しかし、残ったものはいくらかはあった。

それはかつて、私が経験し、行為し、私のまわりで起こったすべてで、それらのすべてが、
まるでいま私とともにあるような実感であった。
それらは私とともにあり、私がそれらそのものだいえるかもしれない。
いいかえれば、私という人間はそうしたあらゆる出来事から成り立っているということを
強く感じた。これこそが私なのだ。

『私は存在したものの、成就したものの束である。』 
 この経験は私にきわめて貧しい思いをさせたが、同時に非常に満たされた感情を
も抱かせた。もうこれ以上に欲求するものはなにもなかった。
私は客観的に存在し、生活したものであった、という形で存在した。
最初は、なにもかも剥ぎとられ、奪われてしまったという消滅感が強かったが、
しかし突然それはどうでもよいと思えた。
 

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07月13日(火)
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