ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1122, 「ライフ・レッスン」ー8
ー怒りのレッスン

・怒りは文字通り腹部でつきあわなくてはならない。
そのこつを身につけるには、眼をとじて、片手を胃のあたりに
当てるとよい。脳でなくからだを使うというかんたんな動作が、
そのとき感じていることを知るのに役立つ。
自分の感情とつきあう習慣は、現代社会ではほとんど知られていない。
現代人はからだで感じるということを忘れている。
わたしたちは理性と感情を分けようとする。
理性に支配させることに慣れすぎているで、感情やからだのことは
忘れてしまう。

・怒りは、うけた傷に自分がなんの対処もしていないことを知らせる
シグナルである。その傷は現在進行形の苦痛だが、怒りはだらだらと
長びく苦痛になる。傷をためこみ、それに注意を向けないでおくと、
怒りは成長をする。わたしたちは怒りを多くためこみ、やがて
傷の分類ができなくなって、最後には自分に怒りがあることにさえ
気づつかなくなってしまう。
怒りの感情とともに生きる事になれてしまい,それが自己の一部と
思いはじめる。
その怒りがアイデンティテーの一部になる。
だから、わたしたちは、自己のアイデンティテーと古い感情とを
分ける作業を分けなくてはならない。

・・・・・・
ー感想

怒りっぽい性格のためか、このレッスンを過去の人生で多くしてきた。
怒るには怒るだけの理由がある。また、その怒りによって適切な判断が
できたことが多かった。
怒りは、その感情の高まりによって自分の世界を他者との間に一瞬ラインとして
見ることができる。
怒りの感情を抑圧することで対処しようとする人が多い。
その必要はないのだ、といって怒ってばかりいるのは問題だが。

はなしは変わるが、去年の同日の随想日記の内容が偶然の一致で
「怒る技術」であった。面白いものである。
怒るということからのレッスンが全く足りないのか?
方向違いを知らしめようとしているのか?
じっくり考えてみる必要がある、特に私の場合は。

怒りの背後にあるものの一つに「恐れがある」という。
なるほどそうかも知れない。
怒ってみて初めて、その正体がわかることもある。
怒りを溜め込むと、憎しみになる。
憎しみのヘドロを溜め込むなら、怒ってそのつど吐き出すことも
必要なこともある。

憎しみのヘドロでドロドロの人が、あまりに多い。
そのヘドロを他人に投げつけるから始末が悪い。

--------

《--怒りについて--》

怒る……
(「起こる」と同語源で、勢いが盛んになる意から、感情が高ぶるのを言うように
なったもの)自分の意に反するものの存在によって感情がいらだち荒れること。

・いつまでも人を恨んでいてはならない。あなたが恨んでいる人は、人生を楽しんでいる。
                      ーハケット

・敵のため火を吹く怒りも、加熱しすぎては自分が火傷する。
                      −シェークスピア

・怒りの結果は、怒りの原因よりはるかに重大である。
                      ーマルクス・アウレリウス

・汝を傷つけた人間は、汝より強い者か弱い者かのどちらかである。
 もし弱い者であれば、その者を許しなさい。もし強い者であれば、汝自身を許しなさい。
                      −セネカ

・あなたの敵を許しなさい。しかし、絶対に名前を忘れてはなりません。
                      −ジョン・F・ケネディ

・過去を忘れ、心から怒りを消し去れ。どんな強い人間もそんな重荷に耐え続ける
 ことは出来ない
                      −チェロキー族の格言

・間違っていながら、しかもそれを認めたがらないとき、人はついには怒り出す。
                      −トーマス・ハリヴァーン

・怒れる人は再び怒る――彼が冷静になったとき、彼自身に向かって。

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04月29日(木)
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