ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1016, 58歳の誕生日
あと二年で還暦である。
もうこの年になった!というのが実感である。
60歳までに、60歳以降の余白を全て埋めてしまう生き方をしようと
50歳の時、決心をした。
「10年で30年分を生きる」が、それからのコンセプトになった。
そして8年が経つ。
実際のところ、そうしてきたかというと自信はないが、
そう思って生きてきたことは事実である。
「海外旅行を50回を60歳まで」にと目標としたのも、その一つである。
この随想日記もその一つだ。
60歳を過ぎてからというのが一般だが、約三年前1千を目標にして、
昨年の暮れに達成した。言い残しておきたいことは殆ど書いてしまった感じだ。
あと二年で730日分書けば?もういいだろう。
父が58歳の時、私は中学二年生、
母は、大学一年だった。
その頃、50代後半は凄く年寄りに見えたものだ。
恐らく若い人から見たら、そう見えるのだろう。
年齢を重ねると、マイナスだけでなくプラスも同じくらいあることも知った。
若い時と違った充実をした日々を過ごせるのだ。
経営をしていると、そう心休まる日はない?が、といって毎日の内容が濃い。
この年齢の風景を見てみると、
・10〜15lの同級生が亡くなっている。
・私の両親の兄弟姉妹と連れ添いは9割以上亡くなっている。
いとこは4割、兄姉は9人中4人亡くなった。
従兄弟で現役で働いている人は一割もいない。
兄姉で働いているのは、兄夫婦と私だけだ。
同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。
こんなものだろう。
生老病死とは、よくいったものだ。
生き、老い、病んで、死んでいくのだ。
それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。
といって死ぬまでは生きているのだ。
また楽しみは無限にある。
「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。
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2003年01月15日(水)
647, ハッピーバースデー
ツアーで、ホテルのレストランで食事をしていると時おり人だかりができる。
宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが全員集まって、
ケーキに火をつけハピーバースデーの歌を歌っているのだ。
小さいレストランの場合は全員が合唱をする。
何とも心が和むひと時だ。
そして本人がケーキを持って、各席に持って回って配るのだ。
キリスト教徒の誕生日に対する思い入れは、日本人と比べるとずっと強い。
それはキリスト教の教えにある。
神から頂いた生命の記念する日に、その場に居合わせた人は神の意思である。
従って祝うほうも心からその人に祝福する。
またケーキもその祝福として、お互い分け合う。
与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。
あの暖い雰囲気には、キリスト教の教えの背景がある。
数年前までは1月15日は休日であった。
その誕生日には一人で飲みに出ることにしていた。
それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。
この日だけは家内は「一人休日に飲みに出ること」に文句を言わない。
休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って誕生日で特別に
飲みにきたと話すと歓待される!勿論それを狙っているのだが。
これを年中行事にしていた。
「その日が休日だから面白い」のであって、いまでは家に大人しく帰る?
勿論今日も会社から貰ったケーキを持って!
誕生日ほど自分と第三者の差が大きい。
子供の頃の家庭では「正月に一度に祝うのだから、誕生祝の必要はない」
と一切やらなかった。
勤めていたときや、以前の会社では朝礼で全員でハッピーバースデーの歌を
歌いケーキを贈り、寄せ書きをしていた。
今は会社でメールで祝いの文章をお互いに送ることにしている、
それとケーキを。
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2002年01月15日(火)
301、動物の不思議な世界−2
土手で散歩をしている時、ある家の玄関にいるゴールデンリトルバー
の一歳ぐらいの犬と目が合った。
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01月15日(木)
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