ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■796, 至高体験ー読書日記ー2
「歓喜 ー> 理智 ー> 意志 ー> 気 ー>肉体」
至高体験=歓喜の体験、それを知った理智、そして意志にかわる、それが気になり、肉体に反応する。
たとえると野球で9回の裏逆転のホームランを打った。
そして歓喜する、その体験が理智になる、さらなるよい選手・バッターになる意志を固める、それが気(気合)に変わり、練習をして積み重ねるようになり一流選手なっていく。
他には薬草や苔類を使う場合と、アルコールを使う場合や、禅などの修業で到達する場合などがある。
教祖様やシャーマンは、この歓喜体験を通して自己より解脱をして理智を得る。好きなことを見つけ一生かけて続けるプロセスで、この歓喜体験をするケースが多くある。女性の千人切りも好きな人には、歓喜体験ー至高体験を多くする事になるのだろう。
音楽会の会場が歓喜に包まれ、アンコールの嵐をTVなどで見かけるが、至高体験をしている。この瞬間を味あう以前と以後位に感動するのだろう。
そういえば初めてロッキーに行った時も、旅行に行く以前と以後位に感動をした。
ー昨日とは別のホームページよりコピーしてみた。
・・・・・
■覚醒・至高体験とは(1)
◆事例集に入れる基準は?
サイト「臨死体験・気功・瞑想」の中心になるのは、やはり「覚醒・至高体験の事例 集」です。
さまざまな文献や投稿のなかからこの事例集に入れるにふさわしいと思われるものをNoboru(このサイトの作成者)が選んで載せています。そのおおよその基準をまずここで明らかにします。
ところで「覚醒・至高体験」というときの覚醒と至高体験の違いは何でしょうか。この点については私自身の中では明確な区別があります。最初にこの違いを明らかにしながら、それぞれの意味を考えます。
◆自己実現した人間
覚醒と至高体験という二つの言葉は、はっきり区別できるものとして私自身は使用しています。
この区別は、人間性心理学の代表的な提唱者・マズローに負っています。
マズローによれば、人間は一般に心理的な健康に向かって成長しようとする強い内的 傾向を持っています。そうした潜在的な可能性を完全に実現し、人格的に成熟し、到達 しうる最高の状態へ達したと思われる人々のことを、彼は「自己実現した人間」と呼び ました。
しかし、心理的・精神的に「最高の状態」や「完全な発展」を問おうとすれば、何が 「最高の状態」で、何が「完全」であるのかという価値基準や判断の問題がつねについ てまわります。そこでマズローは、客観的・分析的な心理学の方法ではなく、いわば循 環的方法を採用しました。
循環的方法とは何でしょうか。とりあえず世間一般で通用している言葉から優れた 「人間性」を意味するものを集め、その用い方や定義をつきあわせ、論理的にも事実の 上でも矛盾するところがあればそれを除き、定義をしなおす。そしてその定義に適合す ると思われる「自己実現した人間」のデータを集め、それによってもとの定義をもう一 度検討する。
こうして修正された定義からさらにデータを見直すという作業を繰り返す。
このよう にラセン階段を登るように修正を繰り返して定義を検討していくのが、循環的方法です。
このプロセスをへて、最初はあいまいだった日常的な用語をますます厳密で科学的なも のにしながら研究を深めていくのです。
こうしてマズローは、たとえばアインシュタイン、シュバイツァー、マルティン・ブ ーバー、鈴木大拙、ベンジャミン・フランクリン等の著名人を含む、多くの自己実現し たと思われる人々を研究しました。この研究を通してマズローが気づいたことの一つは、 高度に成熟し、自己実現した人々の生活上の動機や認知のあり方が、大多数の平均的な 人々の日常的なそれとはっきりとした違いを示しているということでした。
平均的な人々の日常的な認識のあり方と区別される、自己実現人の認識のあり方を彼 はB認識と呼びました。BとはBeing(存在・生命)の略です。こうした認識のあ り方が、実は覚醒とか悟りとか呼ばれるものとぴったりと重なるといえるのです。
◆至高体験
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06月09日(月)
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